プロジェクトについて



拠点リーダー 田村善之この度、北海道大学法学研究科を中心とする研究プロジェクト『多元分散型統御を目指す新世代法政策学』がグローバルCOEプログラムに採択されました。

伝統的な法学は、静態的課題に関する二当事者の権利義務関係を私法で規律し、公衆に関わる課題を公法で規律するという二元的な枠組みをとります。しかし、科学技術の進展とグローバル化により社会の相互依存性が高まるなか、二当事者間の規律が多様かつ多層的に他者に影響する場面が拡大し(外部性社会)、規律対象となる技術、経済、環境等の不断の変化により、総体的な把握が困難となっています(対象の不定形性・動態性)。たとえば、インターネット等における権利者とユーザーの対立、エイズ医薬品等に関する先進国と途上国の対立、景観、原発、温暖化等に関する都市観、産業政策と環境政策に関する対立は、国における公私の対立という二元的思考を許さないほど、多層的かつ多元的な課題であります。いずれも、静態的効率性と動態的効率性のトレードオフ、望ましい競争状態とどの程度の乖離があると法が介入するのかというベースライン問題、科学的知見の取り入れ等、動態的な把握を必要とします。

これらの課題を、a)基本権間の衡量問題として解決する手法は、外部性社会において必然的に利害が錯綜する場合の調整に課題を残します。b)法と経済学は効率性や厚生という基準でこの問題に臨みますが、そもそも多元的な価値の反映には限界があることに加え、ベースラインを完全競争市場に置き、現状をそこに近づけることを法の任務とする古典的議論は非現実的に過ぎます。この点、ゲーム理論の応用や個人の現実の行動を測定する行動経済学等が注目されるが、その知見を法政策に応用する手法は発展途上であります。

以上のa)、b)は、大陸法系の伝統的法学、米国法系の法と経済学という、国際的な法学方法論の分布に対応しますが、本拠点の新世代法政策学は、これらを架橋しながらも、新たな第三の軸を提示するものであります。すなわち、外部性社会にあっては、情報を不断に収集し多数の利害を調整する必要がありますが、その指針となりうる効率性や厚生の測定は容易ではなく、権利や自律その他の多様な価値を保障し調整する必要もあります。しかも、権利を設定したり規律をなす試み自体が市場の前提を形成し、また、政策判断の過程で科学や経済状況の知見を得ることが規律対象の評価に影響するために、規律の過程と対象との間には再帰的な関係が存在します。ゆえに、法政策の内容の妥当性のみならず、政策形成過程を統御するプロセス正統化を組み合わせる必要があります。これは、「正解」が見えない時代の漸進的な法政策過程を規律する学問として法学を再構成する作業であります。この課題を実現するため、本拠点では、技術的な判断力、民主的な契機、自由を擁護する契機など諸要素に着目しつつ、市場、立法、行政、司法、その他の社会組織間のガバナンス構造を探索します。

このように、外部性社会における動態的課題に対処するために、帰結主義ばかりでなく、手続的な正義を包摂した方法論を提供する学問が「多元分散型統御を目指す新世代法政策学」であります。