2011年6月10日質問への回答

グローバリゼーションと移民

2011年6月10日


毎回、結構な量の質問をいただくので、他の仕事が立て込んでいると、どうしても回答を書くのが遅くなってしまいます。今回は特に週末に研究会があり、次の週末に北大で学会があるので、かなり大変な時期で、ちょっと遅れてしまいました。まあ、それは仕事なので、当然やるべきと思っているのですが、結構大変な思いをしています。他の先生方はこういう(非効率な)形で対応するようなことはしていないのだろうと思いますが、それでも、多くの受講生の皆さんにきちんと復習してもらうためにも、こういうやり方が一番良いかな、と考えていますので、がんばります。


質問者:15104212

Q. 難民と移民の違いは知りませんでした。難民という用語は、政治的迫害によるもの以外(経済難民等)の意味でも用いられているように思えますが、本来は正しい使い方ではないのですね。

A. ここはちょっと難しいところがあり、今日の授業で説明したのは、法律的な「難民」の定義なのですが、一般的に「難民」という場合、もう少し広い意味で使うこともあるので、それを完全に否定するつもりはありません。ただ、紛らわしいというか誤解を生みやすいので、授業で使う場合や、論文に書く場合はきちんと分ける必要があります。

しばしば使われる「災害難民」「飢餓難民」という言葉は、法律的な定義には入らなくとも、「外的な要因によって住むところを追われた」という意味では、一般的な用語として定着しています。ただ、「経済難民」というのは、移民と区別することが難しく、何が原因ですむところを追われているのか、ということがはっきりしないため、あまり望ましい使い方ではありません。


質問者:15104231

Q. 移民の人々は、移民先の国でも疎外感を味わう一方で、自分の国の文化とも隔離していくのではと思いました。アイデンティティの問題にもつながっていくのではと思いました。

A. そうですね。しばしば移民の人たちの方が、自分たちのアイデンティティにセンシティブになって、極端なナショナリズム(遠隔地ナショナリズムとも言います)に陥るケースがあります。その典型例がイギリスにいるパキスタン系の移民の二世、三世で、彼らは国籍上はイギリス人なのですが、イギリス社会の中では疎外されている存在で、それだけに自分たちを「パキスタン人」であるというアイデンティティを築きやすく、そのためにはパキスタン人らしくなりたいとして、イスラム教への信仰を強め、人によってはパキスタンに行ってイスラム教の神学校に通うようになります。そうした人たちが、偏ったイスラム原理主義に触れるようになり、そうした過激な思想に触れた人たちがイギリスに戻って(もともとイギリス国籍を持っているから入国は簡単)、そしてイギリス国内でテロを起こしたりします。これは2005年7月7日のロンドンでの同時多発テロの背景でした。

このように、移民先の国で移民コミュニティが出来上がってしまうことで、様々な問題が出てきています。多民族の共存社会の構築など、様々な努力はされており、いくつかは成功していますが、必ずしも全てうまくいっているわけではないので、イギリスのテロリストのように、何人かはそうした枠組みから零れ落ち、社会に対して強い怨念を抱くような状況も生まれています。この点については、また次回の講義でも扱います。


質問者:15094114

Q. スキルのある移民であれば、受入国にとってはプラスとなる一方、移民差別や移民による犯罪の増加など、問題点も多くある。これまでは、先進国が途上国の移民を受け入れることがほとんどであると思うが、これから先、労働市場は途上国に移ると思うので、先進国から途上国への移民も増えていくのでは、と思った。

A. なかなか面白い視点ですが、既にその動きは始まっています。現在、外国で最も大きな日本人学校はニューヨークでもロンドンでもなく上海です。日本の駐在員の数は激増しています。それだけでなく、中国や東南アジアで急成長している企業には、必ずといってよいほど日本人の技術者やビジネスマンがいます。これらの企業は日本の技術者を現地の給料から見れば破格の待遇で雇っています。特に日本の会社を定年退職した人たちの第二の人生をこうした企業で送るというのが一つのパターンになっています。かつての「お雇い外国人」というイメージに近いです。

ただ、日本人であれば誰でも良い、というわけではなく、業務上の経験が豊富で、技術がある人、ということが条件になっているようで、すでに「お雇い外国人」の労働市場も飽和気味になっているようです。その理由として、こうした「お雇い外国人」市場に入ってくるリストラされた人が増えたということです。日本の企業でリストラされた人でも外国の企業でチャンスがある、というケースはだんだん稀になってきているようで、わざわざ中国まで面接に行って仕事をもらえないというケースもあるようです。それに加え、語学や現地への適応能力なども試されます。


質問者:85114215

Q. 中国、インド以外にも、注目すべき国はたくさんあると思うのですが、今日のお話ですと、移民問題や資源の問題、国家機能のゆれ(ジャスミン革命をきっかけとした動き)などなど、中東は今後大きな動きがあるかもしれない国々として、ますます注視が必要な国々の一つといえるのでしょうか。

A. 中東は極めて重要な意味を持つ地域で、途上国から単純労働者を集めるという意味では極めて強い引力をもっている地域です。しかし、極端なハイエンド市場(値段が高い、高級品が売れる市場)という以外は、人口も大きくなく、市場としての規模は小さいのが現状です。当然、資源は大きなものがありますが、ドバイのように国際的な金融センターとして国づくりを進めていても、それはグローバルな市場の揺らぎに脆弱で、リスクのある場所ということもいえます。

たしかに、これまで「資源の呪い」(資源があることで、国内の争いが耐えなかったり、独裁政権が続いたりする状態)にかけられた地域であった中東において、ジャスミン革命をきっかけとして、民主化運動が起きたのは大変興味深い問題で、この地域に新たなダイナミズムが生まれているということ、さらには、独裁政権が崩壊した後の政治体制の青写真がかけないということで、様々な可能性とリスクをはらんだ地域として注目すべきところがあると思います。

しかし、インドや中国と比較すると、製造業やグローバル市場への統合という点で中東が大きな意味を持つ地域になるとは思いません。やはりあくまでも資源をベースにし、そこで得た富をどう使っていくか、ということでこれからグローバル経済で一定の存在感を持つ地域となり、民主化運動の行方次第では、場合によってはイスラム原理主義による支配が生まれるかもしれないというリスクを含んでいる地域ということになるでしょう。


質問者:85114220

Q. 以前読んだ本では、インドでのIT産業の発展は、カーストの枠に縛られない新しい職業であるITへ、低カーストの人たちが流れたせい、と解説されていましたが、今日の講義をうかがうと、カースト制度の状況も最近は変わってきているのでしょうか?

先生のホームページでの質問と回答のところですが、技術政策第四回のリンクが、前回の国際公共政策学の回答に張られていました。質問への回答、楽しみにしていますので、リンクの修正をお願いします。

A. 技術政策のリンクは修正しておきました。ご指摘ありがとうございました。

インドでIT産業が発展したのはカーストの問題が関係ある、というご指摘は、ある程度当たっています。カースト制度というのはもともと職業による差別体系でした。バラモンは僧侶、クシャトリアは戦士など、職業属性でカーストが決まっていて、かつての「士農工商」というのと同じです。ただ、社会が近代化し複雑化してくると、カースト制度も細かく分かれるようになり、家柄で職業が決まるようになりました。なので、新しいIT産業は既存のカーストにはまることが出来なかったため、様々なカーストから人が入ってくることが出来る職業となりました。しかし、低カーストの人たちが簡単にIT産業に入れたか、というとちょっと難しいところがあります。というのも、低カーストの人たちは、なかなか教育を受ける機会を得ることができないため、そう簡単にIT産業のような知識集約型の産業に入っていくことが出来なかったからです。

逆に低カーストの人たちが力を持つのが政治の世界です。インドは曲がりなりにも民主主義の国なので、低カーストの人たちの数が多いだけに、選挙になると強さを見せます。なので、低カーストの人で政治の世界で成功した例などはいくつもあります。


質問者:85114227

Q. 元安とインフレのつながりは、まだピンと来ないです。再説明お願いします。

中国有事のとき、日本などの周辺国が難民流入について、事前にどうやって対応すべきでしょうか。特に中国が13億人規模の人口を持つだけで、人道の理屈による難民か、経済の理屈による移民か、その判断はさらにしにくくなるでしょう。

中国のWTO は2001年ではなかったか?

A. いくつか質問がありますが、最後の質問から。確かに中国のWTO加盟は2001年ですね。私の説明が間違っていました。1997年は米中の間でWTO加盟の合意が出来た年で、この年を境に、アメリカが中国に最恵国待遇(MFN)を与えたため、事実上、中国は自由貿易を始めることが出来るようになりました。しかし、正式にWTOのメンバーになるのは2001年で、この年から中国にWTOのルールが適用されることになりましたので、2001年が正解です。ご指摘ありがとうございました。

中国大陸で有事の際にどの程度難民が流入するのかはわかりません。中国と日本の間にはそれなりの距離がありますので、難民の形で中国から人が来るとはちょっと考えにくいです。また、中国の経済成長を見ると、中国から日本に向かって経済難民(移民)として人が移動するということもちょっと考えにくいです。確かに日本の方が賃金は高いですし、生活水準も中国の一部の地域よりは高いですが、中国国内に日本よりも豊かな場所がある、ということになると、そう簡単に中国から移民が流れてくるとは考えにくいです。

少なくとも、日本の出入国管理法では、難民として認定するための要件が厳しく定められ、本格的に政治難民・戦争難民であれば受け入れることもあるだろうと思いますが、そうした証明が出来ない経済難民(移民)に対しては厳しく対応するだろうと思います。

最初の質問ですが、中国が輸出で貿易黒字を稼ぎ、外貨が蓄積されると、その外貨を外貨として寝かしておくのではなく、人民元に両替する必要が出てきます。そうしないと、中国国内で給料も払えませんし、中国国内でモノが買えないからです。そのため、稼いだ外貨を人民元に両替するとなると、通常、為替市場では人民元が高くなります。しかし、人民銀行(中国の中央銀行)は為替市場で安定した為替(ドルとの間では管理変動相場制)をとっているため、そのため、人民銀行は既にたくさんあるドルをさらに買い入れ、人民元を売るというオペレーションをやります。つまり、市場には人民元があふれる状態になります。本来ならば、人民銀行は金利を上げるなどして、増えた人民元を吸収しなければならないのですが、そうした「不胎化」措置を十分取っていないので、中国の外貨準備が増えること=人民元の増加ということになります。その結果、インフレが起こります。人民銀行は必死になって預金率(銀行が預金として補完しておかなければならない現金)を高めようとして、市場から資金を吸収しようとしていますが、なかなかうまくいっていないのが現実です。これが中国のインフレの背景の一つとなっています。


質問者:85114206

Q. ヨーロッパやアメリカの移民問題は歴史的な背景と時代の変化から二世問題や不法移民問題があるということが理解できました。一方で中東諸国への移民流入は問題になっているのでしょうか。受け入れに特に抵抗ない状態なのでしょうか。

A. 中東においては、今のところ外国人労働者を入れることで、欧米のような移民問題に直面しているということはありません。ただ、外国人労働者は景気の調整弁とされていて、景気が良いときはたくさん雇用されるのですが、景気が悪くなると真っ先に首を切られます。リーマン・ショックにつづいて起こったドバイ・ショックの結果、多くの外国人が職を失い、それが強い不満になりましたが、もともと現地社会に溶け込んでいるわけではなく、移民労働者もずっとそこで生活しようという意思もなかったため、かなり多くの労働者が祖国に帰ったとききます。また、ドバイ・ショックのあとの回復が早かったため、職を失うという痛みは長く続かなかったということも大きなポイントかな、と思っています。なので、中東諸国では移民問題というのは表面化されていません。

面白いのは、ジャスミン革命によって熱を帯びてきた中東の民主化運動で、外国人労働者は完全に蚊帳の外に置かれていて、全く関与していない、ということがあります。バーレーンで軍事介入が行われるようなことがありましたが、ここでは外国人労働者がデモに参加することはほとんどなく、バーレーン人による運動であった、ということが面白いですね。結局、彼らは自分たちの労働によって豊かになったというよりは、国が豊かだから豊かでいられるという立場で、賃金の安い汚れ仕事は外国人労働者が行っているような状態で民主化運動を進めた、ということがいえます。これは、労働条件や生活環境の問題というよりは、むしろイデオロギー的な不平等感が運動の原動力だったといえます。労働環境や生活環境を改善したいという欲求は外国人労働者の方が多かっただろうと想像しますが、そうした運動を起こせば、すぐに首を切られてしまうという恐怖が待っているため、外国人労働者はこうした運動に参加しないのです。


質問者:85114225

Q. 先日、NHKBSの特集番組でイタリアへ大量に流入するリビア移民の特集があった。彼らは、民主化運動を起こし、治安部隊と戦いながら、運動が下火になるとやっぱり職がないという理由から、地中海を越えてイタリアへ移民してきたという。当初、イタリア政府は大型船舶を出すなどし、移民受け入れ容認姿勢を示していたが、大量流入や犯罪、治安悪化によってついには移民拒否に政策を転換してしまった。中東の民主化問題が単なる外世界の問題でなく、内世界にも深刻な問題を生じさせると実感した。

A. 質問者の人がいう「外世界」「内世界」というのが何を示すのか良くわかりませんが、移民の問題は、理念の問題というだけでなく、現実の政策的課題であり、それにどう対処するのかというのはきわめて難しい、ということがこの例からも言えるのではないかと思います。面白いのは、内戦で戦っていて、自分の命が危ないから難民になったのではなく、職がないから難民になったという点ですね。結局、輝かしい将来を期待して革命を起こし、独裁政権を倒しても、現実の生活は良くならないから国を捨てるというのは、一見矛盾しているように見えて、多分現実的には合理的な行為なのだろうと思います。そうしたばら色の将来をイメージすることが出来なければ革命を起こすことは出来ないだろうし、少なくとも、現在の自分の置かれている状況が悪いのは独裁政権のせいだ、ということで職のない状態を受け入れていた人が、実際に独裁政権が崩壊したことで、誰かに怒りをぶつけるとか、誰かのせいにすることが出来なくなり、結局、独裁政権が崩壊した後の社会に絶望するというようなパターンになっていたのだろうと思います。これはかつての植民地が独立した後も同じような問題に直面していました。政治的には宗主国の抑圧がなくなっても、結局経済的には何も変わらない、むしろ誰かのせいに出来なくなっただけによりフラストレーションがたまる、という状態なのだろうと思います。こうした問題に対する何らかの答えを持たない限り、難民・移民の問題は永遠に解決しないのだろう、と思います。

また、もう一つ面白いのはイタリアの対応ですね。最初は移民容認の姿勢であったのに、移民の数が増え、治安が悪化すると難民の受入を拒否するようになる。これは一方で、人権という理念と難民の流入による現実的な問題との間のジレンマであり、他方で量の問題、つまり数が少なければ何とか対応できるから容認するが、数が多くなりすぎると受け入れることが出来ないという政策的な限界を示しているように思います。何が正解かわかりませんが、イタリアは地中海を渡ってくる難民が多いだけに、こうした大量の移民は想定していなかったのだろうなぁ、と思います。