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「産業構造審議会情報経済部会第1次提言(案)」(平成12年8月)に対する意見 ――情報取引法制に関する提言案を中心に――

[表記「提言案」に対するパブリック・コメント募集に応じて提出した意見です(2000.9.16)。 それに対する情報経済部会の「考え方」は2000年11月に公表されました(2000.12.21)。]

曽野裕夫(九州大学大学院法学研究院助教授)

「産業構造審議会情報経済部会第1次提言(案)」(平成12年8月)の、情報取引法制に関する提言案(とくに44-48頁)は、概ね妥当だと考えるが、なお次の諸点について意見を述べたい。

1.シュリンクラップ契約・クリックオン契約について参考論文【1】【2】参照)

シュリンクラップ契約ないし(代金支払い後に使用許諾画面が登場するタイプの)クリックオン契約という契約締結手法によって契約が成立することを法的に承認すべきではない。そのような法的承認を与えることは、一般的契約法理に合致せず、かつ、情報財取引について一般契約法理の例外を設けるべき理由もないからである。以下、少し詳しく述べる。

(1) 一般契約法理からみたシュリンクラップ契約という契約締結手法

一般契約法理からみて、シュリンクラップ契約という契約締結方法には、少なくとも次の2つの問題点があり、この方法による契約締結に法的承認を与えるべきではない。

@ 承諾方法の一方的指定は相手方を拘束しないのが原則である

シュリンクラップ契約という契約締結手法においては、情報の記憶媒体(たとえばCD-ROM)の「売買契約」が小売店とその顧客の間で締結されたのち、買主がラップを開封することによって、売主とは別人であるライセンサーとの間で「ライセンス契約」も成立するとされる。 この場合、「開封」等がライセンス契約の「承諾」として構成されるわけだが、これは、ライセンサーがラップ開封が承諾を意味するということを一方的に宣言しているからである。 しかし、一般契約法理から考えて、そのような一方的な宣言にCD-ROMの買主が拘束されるべき理由はない(しかも、ラップ開封等の行為は、CD-ROMの所有権を取得した買主がそれを使用するために、ライセンス契約締結の意思を有することなく、当然に行う行為である。ユーザー登録葉書の返信やオンライン登録によってライセンス契約が成立するというシステムとは相当に違う)。

このことは、書籍を例にとって考えてみると明白である。たとえば、推理小説の単行本がラップに包まれて販売され、ラップを開くと著作権者との間でライセンス契約が成立するとの注記があり、そのライセンス契約の条項に「結末を誰にも話さないこと」というライセンス条項が刷り込まれていたとしても、読者がそのような条項に法的に拘束されるとは(つまり、ライセンス契約が成立しているとは)誰も考えないであろう。

一方的な承諾方法の指定が拘束力を有さないことは、ラップの外側からその指定が見える場合にもあてはまる。買主は、あくまでも売主からCD-ROMを「買って」いるにすぎず、ライセンス契約の承諾方法の指定は、売買契約の内容にはなっていない。ライセンス契約を成立させるためには、たとえば売主がライセンサーの代理人として買主の合意を取り付けるなどの方法により、「ライセンス契約の合意」がなければならない。

A 所有権者は目的物を使用できる(ライセンス契約がなくても使用できる)

シュリンクラップ契約は、情報の記憶媒体(たとえばCD-ROM)の「売買契約」が小売店とその顧客の間で締結されたのちに、買主が売買契約とは別個にさらに情報の著作権者との間で「ライセンス契約」を締結しなければそのCD-ROMを使用できないとの前提に立つようである。しかし、この前提は間違っている。買主が所有権者としてCD-ROMを使用することには何の差し支えもない(もちろん、それに著作権法に基づく制約が加わるのはいうまでもない)。 以上のことは、書店で書籍を購入した買主が、著作権者からの許諾を得るまでもなく、著作権法の制約の下で、その書籍を使用すること(例、読書)ができるのと、何ら変らない。したがって、一般契約法理ないし民法法理から考えて、ライセンス契約がなければCD-ROMを使用できないという主張は認めることができない。

一般契約法理からみたクリックオン契約という契約締結手法

クリックオン契約という概念が曖昧なので、いくつかの典型例を分けて検討する。

(a)類型

「提言案」46頁では、クリックオン契約の一例として、小売店から購入したソフトの起動時に使用許諾画面が登場するものを想定しているようである。そのようなタイプのクリックオン契約については、上記(1)@で述べたシュリンクラップ契約と同じ問題点が当てはまる。(むしろ、これはシュリンクラップ契約の一バージョンであろう。)

(b)類型

同じく、「提言案」46頁では、インターネットからソフトウェアをダウンロードするような場合に、代金支払い後、ソフトの起動時等に使用許諾画面が登場するようなものも想定しているようである。 このタイプのクリックオン契約では、代金支払い時には情報使用権(著作権法による使用の制限はある)の売買契約が成立したというべきであり、事後的に示される使用許諾条項を買主が承諾するかどうかは自由のはずである(売買契約の当事者とライセンス契約の当事者が同じ点であることを除けば、シュリンクラップ契約と似ている)。問題は、使用許諾条項の承諾を意味するクリックをしなければ、実際問題としてそのソフトを使用できないことである。 このような状況下でのクリックから承諾の意思を読み取ることは困難なように思われる。

(c)類型

以上に対して、インターネットからソフトウェアをダウンロードするような場合で、代金支払い前に使用許諾条件の画面が登場するようなタイプのクリックオン契約もあろう(これが一般的ではないかと思われる)。これは、通常の約款取引と同じ問題点は抱えるものの、契約締結方法としてはそれ特有の問題はないように思われる。(ただし(4)A参照。)

(3) 情報財取引について一般契約法理を修正すべき理由の不存在

以上の一般契約法理に基づく検討によると、シュリンクラップ契約とクリックオン契約(ただし上記(c)類型を除く)という方法による契約の成立を承認すべき理由はない。それでは、情報財取引においては、この一般契約法理を修正すべき必要性があるであろうか。これも、次の理由から必要ないと考えるべきである。

@ 知的財産法による使用制限が控えている

シュリンクラップ契約肯定論者は、情報は複製が容易なので、ライセンス契約によって使用に制限を課す必要があると主張することがある。しかし、仮にライセンス契約が成立しなくても、情報を使用する者は著作権法や不正競争防止法等の知的財産法によって使用を制限され、著作権者は保護されていることを忘れてはならない。

これに関連して、シュリンクラップ契約という契約締結手法が工夫された時期は、ソフトウェアの法的保護がきわめて不十分であった時期でもあったことも忘れてはならない。当時においては、シュリンクラップ契約に「窮余の策」として同情すべき面があったことは否定できない。 しかし、その後、ソフトウェアの法的保護は大きく拡充されているのであり、シュリンクラップ契約という契約締結手法の役目(仮にそれがあったとすれば)は終わっているというべきである。

A 予想される取引形態の変化

今後ネットワーク化がますます普及すると、シュリンクラップ契約やクリックオン契約の上記(a)類型は、時代遅れとなっていき、クリックオン契約(上記(b)(c)類型)が主流となっていくだろう。 そのような状況下で、シュリンクラップ契約・クリックオン契約(a)類型という契約締結方法を情報財に限ってであれ認めることは、契約法一般に対しても禍根を残しかねないので避けるべきである。さらに、クリックオン契約(b)類型については、代金支払い前に使用許諾条項を提示する方法(つまり、(c)類型)に変更することは簡単だと思われ、そのインセンティブを事業者に与えるためにも、(b)類型も認めるべきはない。

(4) 約款による情報財取引の特殊問題

シュリンクラップ契約やクリックオン契約という手法によって締結された契約は、その定義上、約款取引であるが、そこには、一般の約款取引を超える問題が存在するので、それらの契約締結方法に法的承認を与えるべきではない。

@ 約款取引の問題性とシュリンクラップ契約等の問題性

一般的な約款取引を認める以上、シュリンクラップ契約による契約締結も有効であるという議論に接することがある。しかし、シュリンクラップ契約は、そのような約款取引一般の問題性に加えて、上記(1)で指摘した問題点を抱えている点で問題はより深刻なのであることを認識する必要がある。約款取引が認められるからシュリンクラップ契約も認められるとするのは、論理に飛躍がある。同様のことは、クリックオン契約の(a)類型(上述)についても当てはまる。

A 情報公序

知的財産権法には、情報創出者のインセンティブ保護にとどまらず、パブリックドメインにとどまるべき情報を確保してイノヴェーションや競争を促進したり、表現の自由を保護するという機能も期待されている。個別交渉によって、知的財産法が構想する情報の保護と利用のバランスが修正されることは許される余地があるとしても、約款取引による知的財産権のオーバーライドを認めることは、それは事実上の私的立法による知的財産法の空洞化につながる。 これも、シュリンクラップ契約等の契約締結手法を安易に認めることに慎重になるべき理由の一つである。

2.「ライセンス契約の第三者への対抗」とその周辺

本項目については、箇条書きで簡単に述べるにとどめる。詳細は参考論文【3】10-13頁の参照を願いたい。

  • 「提言案」47頁で指摘されているとおり、ライセンス契約(ライセンシーの地位)に第三者対抗力を認めるべきである。この場合、対抗要件の具備方法については、第三者への(事前の)公示をそれほど重要視する必要はないように思われる。有体物の物権変動の対抗要件や、担保物権の対抗要件、債権譲渡の対抗要件等では、その対象の希少性・唯一性を前提とするからこそ公示が必要となるが、情報に関するライセンスの対抗要件の場合には、希少性・唯一性を考慮する必要がないからである。たとえば、ライセンス契約の存在、情報財を記録した有体媒体の所有といった(緩やかな)対抗要件も考えられるように思われる。
  • 「提言案」47頁が指摘している、ライセンサー破産時に関する規定に加え、ライサンシー破産時においても民法621条の類推適用がなされないようにする工夫、および、とくにマスマーケット契約における「破産特約」の効力否定を明確化する工夫が必要ではないかと思われる。

3.「ライセンス契約終了の担保」とその周辺

  • 「提言案」47-48頁が指摘するように、ライセンス契約終了後の残存義務に関する規定が必要だと考える。
  • なお、契約終了の担保に関連して、電子的制御・電子的自力救済によるソフトウェアの強制終了は、人命にも影響を及ぼすことがありうる。十分な予告期間・猶予期間や強制終了回避のための機会をライセンシーにあたえることを考慮すべきである。
  • ライセンス契約の「終了事由」に関連して、次のような規定を考慮すべきである。(詳細は参考論文【3】5-9頁の参照を願いたい。)
    1. ライセンス料と期間が関数関係にないソフトウェア・ライセンスにつき「永続性の推定」を規定すべきである。その際、著作権の保護期間経過後にまで「永続」するかどうかについては特に考慮すべきである。期間の定めがあっても例文解釈をすべき場合があることを何らかの方法で確認すべきである。
    2. ライセンス料と期間が関数関係にある、期間の定めのある契約について、黙示更新型の規定をおくべきである。
    3. ライセンス料と期間が関数関係にある、期間の定めのない契約の解約告知につき、猶予期間を規定すべきである。

4.UCITAの評価

最後に、「提言案」でもしばしば言及されているUCITAの評価について一言コメントしておきたい。UCITAは、情報財の取引に関するパイオニア的な立法案ではあるが、その内容が十分にバランスのとれたものであるかどうかは大いに疑問であり、アメリカにおいてもその内容について厳しい批判がある。UCITAはあくまでもモデル法であり、それを州法として立法化した州においてのみ効力を有するわけだが、これまでのところUCITAを採択した州は、バージニア州とメリーランド州しかなく、これに続く州がどれだけ出てくるかどうかは疑問視されている。 また、とくにメリーランド州は、UCITAを立法化したとはいえ、消費者保護のための独自の規定を大幅に追加していることも注意を要する。さらに、アイオワ州のように、アイオワ州の州民に対してUCITAに基づく契約強制が求められている場合に、UCITAを準拠法に指定する条項の効力を認めない(アイオワ州法が準拠法になる)との立法をしている例もあることを銘記すべきである。 (これらの動向については、参考論文【1】の他、拙稿「UCITAの承認−NCCUSL総会参加記−」、同「NCCUSL年次総会(2000年)における情報契約と電子取引」を参照されたい。)

以上

参考文献

  1. 曽野裕夫「情報契約における自由と公序」[1992-2] アメリカ法181-192頁(2000年)
  2. 同「情報契約と知的財産権」ジュリスト1176号88-92頁(2000年4月15日号)
  3. 同「情報契約の期間と終了」(未公刊) [注記:パブリックコメント提出に際しては、プリントアウトを提出した。文中で言及する頁数はそのプリントアウトのものである。]