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History of European Integration

史料館案内Archives

イギリス国立公文書館の紹介(岡本宜高・神戸大学)

イギリス国立公文書館(The National Archives: TNA)(外部サイトへ)
住所:Kew, Richmond, Surrey, TW9 4DU
開館時間:
火・木曜日 9:00-19:00(入館及び史料閲覧申請は17:00まで)
水・金・土曜日 9:00-17:00(入館及び史料閲覧申請は16:15まで)
日・月曜日及び祝日は休館(詳細はウェブサイトで確認すること)





ロンドン中心部を網の目のように走るロンドン地下鉄のうち、路線図上で緑色の線で表示されるのがディストリクト線である。このディストリクト線で、ロンドン中心部から南西部のリッチモンド行きに乗り、ヒースロー空港とロンドン中心部をつなぐピカデリー線との乗換駅でもあるハマースミスを過ぎるころになると、中心部の喧騒や車内の混雑も幾分和らいでくる。テムズ川を渡るころには、沿線はすでに郊外の閑静な住宅地の趣である。

テムズ川を渡って1つ目の駅であるキュー・ガーデンズは、「パームハウス」と呼ばれる1840年代に建設された巨大な温室がシンボルである、世界遺産にも登録されている王立植物園「キュー・ガーデンズ」の最寄り駅である。午前中のこの駅には、ロンドン中心部から到着した電車から王立植物園に向かう観光客の一群とは別に、反対方向に向かう人々の姿がある。彼らには、王立植物園に向かう観光客の醸し出す華やいだ雰囲気はなく、駅の周辺に広がる住宅地を足早に、そして黙々と通り過ぎて行く。

彼らがカメラを持っているとしても、撮影するものは人物や風景ではなく、文書であり、手紙であり、報告書である。この人々の向かう先こそが、積み上げると185kmに達するという所蔵文書数1100万を誇る、イギリス国立公文書館(TNA)である。


  
(写真:TNA外観)
TNAの前身、パブリック・レコード・オフィス(PRO)は、1977年にロンドン中心部からこの地に新たに移転してきた。テムズ川にほど近い広大な敷地には、写真のような池や緑地帯が整備されている。


アクセス

ロンドン中心部から向かう場合は、地下鉄ディストリクト線のリッチモンド行きに乗車し(ディストリクト線の支線であるオリンピアおよびウィンブルドン行きはアールズ・コートで、イーリング・ブロードウェイ行きはターナム・グリーンで分岐し、リッチモンドには向かわないので注意)、キュー・ガーデンズで下車。下車したホームの出口を出ると、王立植物園に向かう人々は出口横の地下道を通って反対方向へと向かうが、その流れには従わず直進、一つ目の角を左折した後は住宅地の中の道(Burlington Avenue)を5分ほど歩き、横断歩道を渡ってさらにしばらく行くと、TNAの広大な敷地の入口に到達する。

なお地下鉄は、運行トラブルや信号故障による遅れや不通、ストライキや週末の集中工事に伴う運休が頻発するので注意。また、バス、オーバーグラウンド(London Overground)やイギリス鉄道(National Rail)などでもTNAに到達可能だが、同様に運行状況は頻繁に変わる。ロンドン交通局ウェブサイト(外部サイトへ)、イギリス鉄道ウェブサイト(外部サイトへ)などで、出発前に最寄り駅からの行き方や運行状況、状況によっては迂回路を把握しておくことが望ましい。



(写真:キュー・ガーデンズ駅)
左側のホームにロンドン中心部からの電車が到着する。TNAへは、出口を出て直進。改札外では地下道で連絡しているが、上下線の改札口は別になっているので注意。


閲覧室に入るために

館内に入ると左折し、カフェテリアを横目に右手奥にある無料ロッカーに行き、鉛筆(消しゴムやペンの使用は許可されていない)、ノート、書籍(閲覧室に持ち込む際には、セキュリティデスクのスタッフに許可状を作成してもらうことになる)、パソコン、デジタルカメラなど、一次史料の閲覧、収集に必要なものだけを備え付けの透明のバッグに入れ、閲覧室に向かう。

新規来館者は、閲覧室に入るために3階で閲覧カードを作成する必要があるが、登録には氏名を証明するパスポートや国際運転免許証などのIDの他に、過去6ヶ月以内に発行された現住所を証明する公文書が必要となる。英語表記の必要があるため、日本から訪れる場合はこの文書の確保が難題となるが、ウェブサイトに記載されている文書以外であっても、例えば現住所が追記されている在職/在学証明書のようなものも受理されるなど、柔軟な対応がなされているようである。ともあれ、この手続きは到着6週間前からオンラインで行うことが可能なので、現地で思わぬトラブルを招くことがないよう、余裕を持って準備しておくとよい。全ての必要な情報を提示できれば、その場で撮影された顔写真入りの3年間有効の入室カードが発行される。

入室カードを入手したら、閲覧室へと向かう。閲覧室は2階と3階の2箇所にあるが、3階は主として古文書や大型史料の閲覧が中心で、多くの文書の閲覧は2階の広大な閲覧室で行う。階段から2階に入って左側が閲覧室の入口だが、正面には案内デスクがあるので、TNAの基本的な使い方でわからないことがあれば、そこで質問すると教えてくれる。階段から右に向かうと、入室カード不要の閲覧室で、TNAのオンラインデータベースにアクセスできるコンピューターの並ぶセクション、マイクロフィルム閲覧・複写セクションと公文書館附属の図書館がある。閲覧室の入口で持ち物のチェックを受けると、いよいよ内部へと足を踏み入れることとなる。


検索及び閲覧について

閲覧室に入ると、左手に各閲覧座席に割り当てられた史料保管用ロッカー、右手のガラスの壁の横には、検索や史料閲覧申請用のパソコンが並んでおり、ガラスの壁の向こう側には閲覧席が見える。これらのパソコンですぐに目当ての史料の閲覧申請を行いたいところだが、まずは自分の使用する座席をこのパソコンで確定させなければならない。座席は十分な数が確保されており、幾つかのエリアに大まかに分類されている。その後の史料閲覧には、常にこの時決定した座席番号が必要となる。

最近ではTNAでも史料のデジタル化が進められており、戦後イギリス外交に関する史料についても、歴代内閣の閣議録(CAB128、129)や、首相府文書(PREM)などの一部はウェブ上で公開されている。しかし、その量は文書総数のおよそ5%に過ぎないとされ、今なおほとんどの文書の内容を知るには直接現物を閲覧しなければならない。

史料検索や閲覧申請は、‘Discovery’と名づけられた公文書館のオンライン検索システムを通じて行う。関心のある分野や時代の史料について、キーワードを入力することで文書名と文書番号を特定することができ、TNAに所蔵されていない史料についてもその所蔵場所が表示される。しかし、検索システムに慣れるにはかなりの時間を必要とするため、事前に使い方を十分把握しておいたほうがよい。なお、2階には紙媒体の目録も置かれているが、すでに内容の更新は停止されており、検索の主体はオンラインに完全に移行している。全館でワイヤレスの無料のインターネット接続が可能となっており、持参したパソコンでどこからでも史料を検索できるので、大変便利である。

閲覧したい史料番号を特定したら、閲覧申請を行う。一度に3つまでの史料の閲覧を同時に申請でき、殆どの場合申請後1時間以内に係員により申請した文書が座席番号の付されたロッカーへと入れられる(3階閲覧室ではヘルプデスクでの受け取りとなる)。史料の準備状況は、閲覧申請用のパソコンの他に、館内に点在している確認用スクリーンでもチェックできる。史料がロッカーに到着したことがわかれば、自分の座席に持ち運んでいよいよ閲覧の開始であるが、1度に閲覧机に置くことのできる史料は通常は最大3つまでとなっているので注意。なお、1日に閲覧申請できる史料数は21、当日に全てを閲覧できない場合も、閉館までに史料閲覧申請用のパソコンを通じて手続きを行っておけば、読めなかった文書をその日に使用したロッカーに保管しておくことができ、次の来館日に同じ座席で閲覧を再開することができる。また、すでに閲覧カードを持っている場合は、オンラインで最大6つの文書の閲覧を来館予定日前に申し込むことができる。



(写真:3階閲覧室内部)


複写について

フラッシュを使用しなければ、自席での史料の写真撮影が認められている。なお、三脚の使用は認められていないが、閲覧室内に撮影台が設置されているとともに、窓側の閲覧机の一部には撮影用のフレームが取り付けられており、撮影を希望する来館者への便宜が図られている。ただし、窓際以外ではやや暗い座席があること、撮影に適した座席は早い時間から閲覧者が使用することが多いことに注意。座席に余裕のある場合は、閲覧室内にあるヘルプデスクで依頼すると他の空き座席へと史料とともに移動することが可能なので、より撮影に適した環境を作り出すこともできる。

史料のコピーが必要な場合には、セルフサービスでA3サイズの用紙1枚に30ペンスで行うことができる。また、閲覧室備え付けのデジタルカメラで撮影し、そのデータを印刷したり(A3用紙1枚30ペンス)、自分のメールアドレスに送信することも可能である。大量のコピーが必要な場合には、別途複写受付カウンターで申し込みが必要となる。また、TNAに直接行かなくとも、必要な史料のコピーを依頼し、郵送で送ってもらうという手段を採ることも可能である。


文書について

デジタル化されている文書以外は、ほぼ全てが閲覧可能であり、その公開度の高さには目をみはるものがある。原則として文書作成後30年を経て公開されることは他国と同じだが、イギリスでは2015年から一部の地方公共機関の文書については公開までの期間が20年に短縮されたこともあって、その公開度はさらに高まっている。ヨーロッパ統合、ヨーロッパ国際関係に関連する文書についても、他国、他機関に先んじて公開されることがあるため、クロス・アーカイバルな分析を目指す研究者にとっては、TNAを活用することは極めて有意義である。イギリスとヨーロッパとの関わりを研究する研究者にとっては、所蔵されている膨大な文書の中でも外務省(FO及びFCO)、首相官邸(PREM)、内閣府(CAB)、大蔵省(T)文書の閲覧頻度が高くなる可能性があるが、特に重要なのは外務省文書であろう。ヨーロッパ統合に関連する史料であれば、1966年までは多くの場合FO371ファイルに含まれていることが多いが、外務省とコモンウェルス関係省の統合に伴い新たに構成されたFCOファイルの中では、FCO30(欧州経済機構局)、FCO33(西欧局)、FCO49(計画スタッフ)、FCO98(欧州統合局)などを読み進めていくと、有益な情報を得られるだろう。

しかし、文書公開までの期間が短縮されたとはいえ、機密性の高い文書に関しては、公開期間を過ぎても非公開が継続されている場合が多い。特に、安全保障や諜報活動が関係するものは、一部が非公開、あるいはファイルそのものが閲覧不可となっていることがある。文書の公開状況については、検索システムの検索結果表示画面に表示され、どのような部分が非公開とされているのか、公開がいつ行われる予定なのかが記載されている。部分公開となっている史料については、非公開部分となっていることを明記の上で、黒塗りまたは空白となっていることから、内容のどの程度が非公開なのかが把握することができる。また、ファイルによっては政府官庁によって使用されているため、一定期間閲覧できないことがあるが、ヘルプデスクの職員に問い合わせると、詳しい状況が分かる場合もある。


その他

1階にはレストランとカフェが併設されており、開館日に営業している。レストランは各日8時30分―10時30分に朝食、12時―14時30分に昼食がビュッフェ形式で提供される。カフェも同様に各日8時30分からの営業で、火・木曜が18時30分、水・金曜16時45分、土曜日が16時までの営業である。近隣にはレストラン等はないが、TNAの建物を出て左側にある駐車場の横の道を進むとショッピングセンター(Kew Retail Park)があり、その中の大型スーパーなどでサンドウィッチなどの食料が購入可能である。また、キュー・ガーデンズ駅の王立植物園側の出口の周辺にも数件の食料品店と小さなスーパーがあるので、TNAに向かう前に食料を確保することもできる。

カフェの向かい側には小さな本屋があり、主としてイギリス史に関連する書籍が販売されている。書籍の他にも、ポストカードやTNAグッズなどが販売されており、シーズンごとにバーゲンが行われているので、休憩がてら覗いてみるのも面白いだろう。また、建物前には広い池と緑地帯が整備されており、天気の良い日には、食事や飲み物を片手に外に出てみると、佇んでいる鳥やリスたちが史料の読み込みと撮影で疲れた目と身体を癒やしてくれる。



(写真:レストラン/カフェ内部)


  
公文書館の外では、忙しく働く人間たちを横目に、鳥たちがのんびりと暮らしている。


基盤研究(A)「リージョナル・コモンズの研究―地域秩序形成の東アジア=ヨーロッパ比較―」
(研究代表者:遠藤乾)