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History of European Integration

史料集Documents

ファン・ヘント・エン・ロース判決前における、法統合に対する委員会法務局の見解

1.史料名

Service juridique des Exécutifs européens, Bruxelles, le 23 octobre 1962. JUR/CEE/2636/62 – MG/fg.
Note à M. Jean Rey et à M. Caron
Objet : Observations de la Commission devant la Cour de Justice au sujet des demandes préjudicielles de la « Tariefcommissie » néerlandaise.

2.所蔵先、文献情報等

The Michel Gaudet archives, Archives of Jean Monnet Foundation for Europe. Lausanne.
AMG, Chronos, 1962.

3.史料の意義(位置づけと背景)

本史料は、1960年代初頭の法統合の原初段階において、EEC委員会が法統合にどのような見解を抱いていたのか、その一面を示す史料である。

この史料は、EEC委員会法務局長*のミシェル・ゴーデによって作成され、法務グループ長**のジャン・レイ(ベルギー出身、後のEEC委員長)とジュゼッペ・キャロン(イタリア出身、域内市場グループ長)に宛てて提出された、当時ECJに先決裁定が求められていたファン・ヘント・エン・ロース(VGeL)事件について委員会(法務局)の見解をまとめたものである。当該係争は、1962年8月に提訴され、63年2月5日にECJによる判決が下される。当史料が作成された62年10月は、ちょうどこの間の時期に当たり、このゴーデの覚書は、委員会法務局の法律専門家の官僚が、法統合に対してどのような考えを抱いていたのかについて、極めて興味深い断面を示している。端的に言ってゴーデは、法統合の推進と共同体法の憲法的秩序が構築されることを望んでいた。

当時問題となっていた、VGeL事件【『原典 ヨーロッパ統合史』史料5-14A】は、その判決文で共同体法が独自の法秩序を構成することが宣言されたEU法史における画期的判決だった。その判決が下される前から、この係争が、共同体法の今後を占う極めて重要な論点を孕んでいたことが委員会の法律家たちが認識していたことが、この覚書からは浮かび上がってくる。

VGeL判決およびCosta VS. ENEL判決が下されるまで、共同体法の憲法的性格は宣言されなかったし、ヨーロッパ統合における法統合の重要性についても、法律家を除けば大きく認識されることはなかった。本報告書が検討しているように、共同体法と国内法の関係がまだ定まっておらず、その関係性がどのように確立されるかについては、60年代初頭においてはまだ開かれた問題だった。

委員会法務局がこの問題に対して自らの考えを整理しているのが、この覚書である。委員会は、そもそも条約規定などの共同体法が私人に直接適用されるかどうかについて(つまり、VGeL判決の語法を使えば「直接効果」が発生するかどうか)、三つのケースに分けて検討している。第一には、直接効果が発生するかどうかは加盟国の司法が判断するケース、第二に直接効果が発生するかどうかは共同体法の規定によって異なるケース、第三に、共同体法は須く直接効果を発揮するケースである。覚書においては、「直接効果」という言葉は用いられていない。しかし、委員会が想定するのは第三のケースであり、委員会にとって共同体法が独自で統一的な法秩序を構築することは当然の目標であった。

本覚書において興味深いのは、法務局が、直接効果が発生する要件と国内法と共同体法の衝突の問題をセットで論じており、直接効果が須く発生する状況においては国内法が共同体法に原則的に優位することを主張していることである。委員会法務局にとって、独自の法秩序に基づいた統一的な法空間を構築するためには、この二つの論点は表裏一体のものとして実現されなければならないものだった。しかし、共同体法の優位の論点は、このVGeL判決では論じられず、この問題に決着がつくのは、64年のCosta VS, ENEL事件に対する判決まで待たなければならない(『原典 ヨーロッパ統合史』史料5-14B参照)。


*/ ** ここでは、Service juridiqueを法務局と仮訳した。Service juridiqueは委員会における下部部署であるが、当時は総局扱いにはなっていなかった。法務局はECSCにも置かれており、そのスタッフはECSC法務局を引き継ぐ形で発足した。ゴーデは1959年にジャン・レイの要請で法務局局長に就任している。法務局は総局ではなかったものの、ゴーデは総局の事務局長に匹敵する存在感を発揮しており、レイが対外関係総局ならびに法務局の責任者となった。なお、1960年代初頭にあっては、総局(Direction general)という用語に加え、Groupeという用語でそれぞれに割り当てられた任務を表していた。Cf. Michel Dumoulin (sous la dir.), La Commission europeenne, 1958-1972. Histoire et memoires d’une institution, Commission europeenne, 2007, p. 190, 234-5

4.内容の概略

(【 】は本稿執筆者(川嶋)によるメモ的なまとめである。それ以外の文章は、同覚書の文面を仮訳したものだが、元々の文章は全部で16頁あり、多くの部分の訳出は省略されている。〔 〕は訳出する際に意味が通りやすいように補足したものである)

1.【最初に、VGeL事件の先決裁定に至った経緯が述べられている。】

2.ECJに提起された最初の問題は、共同体法と加盟国の国内法との関係に関する根本的な問題だ。
実際、何が問題なのかと言えば、私人は加盟国の法廷より前に共同体規範(本件で言えば、第12条の停止)に助けを求めることが出来るかどうかである。ここで提起されているのは、密接に連関した次の二つの問いである。
 ・加盟国の法を適用することが義務付けられている加盟国の判事は、同じく共同体の規範を適用する義務があるのだろうか?
 ・特に、加盟国の判事は、〔共同体規範と加盟国の法という〕二つの規定に衝突があった時、加盟国の法よりも共同体規範を優先しなければならないのだろうか?
【この問いへの回答は、共同体規範と加盟国法の関係に関する三つのシステムのどれに当てはまるかによって変わる、として、その三つのシステムの検討に進む。】

3.第一のシステム:各国の法廷による条約の適用が加盟国で全般的に遵守されるシステム
〔このシステムにおいては〕加盟国の法廷は、各国法と同じく、即時適用となる条約の規定を適用する義務がある。
【条約と国内法が対立した時、憲法的な理由から、各国の法廷は加盟国の法の適用を義務付けられる。しかし、幾つかの加盟国では条約の適用が優先される。ルクセンブルグがそうであり、一定の範囲内でオランダもそうである。】
b) このシステムをEEC条約に適用すると二重の結果がもたらされるだろう。
 ・条約が国内法に与える影響がどう表れるかは、各国の国内法に依存するので、その手続きを行うのはただ各国の法廷のみである。欧州裁判所は、権限がないことを宣言せざるを得なくなるだろう。
 ・域内法の条約の効果は、各国毎に異なることになろう。
 本件においては、ECJはオランダ関税当局によって提起された問題はオランダ法の適用の管轄に属することと、ECJはこれ以降、この件に返答するにあたり権限がないことを宣言しなければならない。
C)〔しかし〕これらの帰結は、EEC条約に固有の特徴と従来の仕組みが不適合であることを意味しているように思われる。
共同体的な組織を創設することで〔…〕、加盟国は明らかに共同体的な法秩序を設立する意図を宣言した。共同体的な法秩序においては、規則は共同体全体において、統一的に適用されなければならない。共同体規則の統一的適用は、法の下の平等原則と国籍に基づいた差別の禁止原則に適っており、加盟国における私人の権利と共同市場の機能を守る法的保護として、これ以上ない保障となっている。
まさにこの保障の観点からこそ、ECJには、条約の解釈(第177条)に関して、加盟国の法廷に対し選択的であれ義務的であれ、先決裁定を行うという権限が制定された。
このような独創的な法構造が存在するがゆえに、〔…〕条約が国内法に与える影響の判定は、各国法廷によって統一性を欠いた方式になるかも知れない。その条約の国内法に与える影響の判定は、ECJが主権的かつ統一的に解釈する唯一の権限者であるという条約の約定から導かれなければならない。

4.第二のシステムの場合:各国法廷による条約約定の適用は、当該約定によって規定された義務の名宛人に依存する
a) 条約の規定が私人に対して義務を直接的に課す規定(例えば85条:競争政策)によってのみ、加盟国法廷によって適用を受ける私人の権利が作られる。これに対して、加盟国に対してのみ義務を発生させる規定(例えば関税同盟に関する規定)は、加盟国の法廷によって適用を受ける権利を私人に開かないであろう。
この違いを念頭に置くと、加盟国だけに義務を与える規定に関して、以下の点を考えることが必要だ。
 ・条約を書いた者たちの、権限ある加盟国当局の介入を、共同体機関による直接的規則に置き換えることはしなかった、という明確な意思。
 ・169条と170条に予定されている手続き的な組織:条約で規定されている義務を加盟国が不履行でいることに対してECJに指摘することが出来る権利を、加盟国と委員会にのみ開放している点。
これらの特徴から推測されなければならないことは、加盟国のみに義務を課す条約規程を適用する際に、加盟国法廷の権限を取り除こうとする加盟国の意思である。
b) このシステムの主要な結果は以下の通りである。
 ・加盟国法廷は、加盟国だけに課せられる義務を適用することを控えなければならない。
 ・加盟国法廷は同様に、共同体機構の法規定を適用することを控えなければならない。この場合、例えば189条のような「全ての国家に直接的に適用される」といった規定において、はなはだしい混乱をもたらすことになるだろう。
・(…)
加盟国に義務を課す共同体的規定は、裁判官がいないのだから、私人には無意味な規定であろう。(…)加盟国に義務を課す共同体的規定の統一性と即時性は、加盟国の司法によっては保障されない。むしろ、加盟国の立法・行政当局の善意と解釈と、委員会の細心の注意に依存しているのだ。
・(…)
・この場合、ECJは以下のように主張しなければならない。ローマ条約12条は関税の据え置きの義務を認めており、この据え置き義務は当然に加盟国だけに向けられていること、(…)
c) この帰結は、加盟国に対する共通の法原理のシステムと、条約の規定のシステムとが両立しないことを意味している。
 ・(…)

6.第三のシステム:法的規則は即時かつ対立する加盟国の規則に逆らっても適用され、加盟国の法廷は条約の全ての規定を適用しなければならない。
a) このシステムは、加盟国法廷が条約を適用することに関して、加盟国に共通の原則を貸すものである。
・条約の規定は、議会の賛成、条約の批准、当該加盟国における国内公布によって、加盟国の国内法の一部となる。これ以降、加盟国法廷は、国内法と同じものとしてこれを適用しなければならない。
・この加盟国法廷の義務は、しかしながら、(…)即時適応になる法規則を構成する条約規約にのみ及ぶ。
・(…)
・加盟国法廷が、国内法に対して加盟国法廷が与えた解釈と、条約規程に対してECJから与えられた主権的解釈とをすり合わせることが出来ない場合、当該条約規程を何よりもまず国内法の上に重ねなければならない。
b) この主張の主要な帰結は、以下の通りである。
・国内司法官を前にした全ての係争において、対立する国内法の規則に逆らっても、各自は直接適用可能な共同体法規則の適用を得ることができる。 
 その結果、特に、加盟国による共同体法規への抵触が起こることがある。これは、第169条・170条で予定されている手続きが成されてからECJから不履行を確認されたとしても、対立する国内法にさしあたり共同体規則を加盟国法廷が適用したとしても、起こりうる。
・係争が提訴された国内法廷は、たとえ義務がなかろうとも、ECJに要求される177条の規定の適用に関して、以下の点について、明らかに関心を有する。
  ①当該係争で引き合いに出された共同体規則が即時適用可能な法規則を構成しているかどうか、
  ②〔①につき〕そうであるならば、当該規則はどのように解釈されなければならないのか。
 ECJによる先決判定は共同体規範と国内規範との間で衝突があった場合にこれを正確にすることに寄与するだろう。そして、当該係争の解決に不可欠な要素を国内司法官に与えるであろう。

 この案件においては、ECJはオランダ関税当局に以下のように返答しなければならないであろう:
 ・条約第12条は、加盟国に対して、条約発効後の新しい関税の導入や既存関税の増額を禁止している。当該規定の適用が国内法廷の権限に及ばないようにする意図は条約に由来するものではない。これ以降は、国内法に影響を及ぼす共同他方の即時適用となる規約が大事となる。
 ・利害ある個人は、当該規定の適用を、(…)国内法廷に訴える権利を持つ。
 ・条約第12条の規定と国内法の規定が衝突する場合、事後的なものであっても、前者が適用となる。

7.私〔ゴーデ〕が提案したいのは、委員会がECJに対して、今回の案件における考察を提示することと、これらの考察は、上記で説明した第三のシステムに行き着いたことである。
 (…)委員会は、その根本的な使命に従って、共同体の全体的利益を主張しなければならない。共同体は、この場合、一貫していて有効な一つの共同体的法律秩序(un ordre juridique communautaire coherent et efficace) の樹立を伴う。共同体法と加盟国の諸法との関係を定義することは、現加盟国にとって、また加盟交渉を現在行っている第三国にとっても、根幹的な重要性を提起するものである。共同体は法的革新であるが、その革新に取り組むことで、共同体法と加盟国法間の関係の定義は加盟国の司法界に反応を巻き起こさざるを得ない。共同体の意義に疑問を差し挟まれるよりも、共同体の法的要求の前にびっくりする方がいい。

(了)


(川嶋周一)

基盤研究(A)「リージョナル・コモンズの研究―地域秩序形成の東アジア=ヨーロッパ比較―」
(研究代表者:遠藤乾)