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History of European Integration

史料集Documents

EC-ASEAN関係の現状と今後とるべき政策に関するEEC委員会の見解(政策文書草案)

1.史料名

Établissement d’un groupe d’étude mixte Commission-ASEAN,
(projet de) Communication de Sir Christopher SOAMES

2.所蔵先、文献情報等

Archives historiques de la Commission européenne, Bruxelles
BAC 48, 1984, 106

3.史料の意義(位置づけと背景)

 この史料は、EEC委員会の対外関係委員のサー・クリストファー・ソームズ(イギリス出身)による、ECとASEAN(東南アジア諸国連合)との間で「共同研究グループ(JSG)」設置をめぐる政策文書の草案である。1975年に、このASEANとの関係構築をめぐる共同体全体としての決定は、ローマ条約229条の適用により、委員会の決定により行われた。その点で、EC-ASEANのインターリージョナルな関係構築過程において最も重要な主体といえるEEC委員会の立場を表す文書である。ここに提案されたJSGの設置は、1972年の非公式対話をベースにしつつ、1970年代後半に両地域主義間の関係制度化が加速されるその出発点としての意義を持つ。
 ソームズの考えは、委員会の考えを汲みつつ。ASEANとの協力関係を制度化する上で、第一に、ヨーロッパのプレゼンスを「再び確認する(réaffirmer)」ことであった。ソームズは、すでに1973年9月の段階で、東南アジアにおける日本、アメリカ、ソ連、中国に対する均衡(counterbalance)が必要であると認識し、ヨーロッパ全体でその形成を図ったのである。
 さらには、インターリージョナリズムの観点から、EC-ASEAN関係の制度化は求められた。そもそも、ECの域外関係においては、地中海・アフリカの旧植民地との関係が最も重要度の高いものとしてとらえられていたが、その流れを残したままで1974年には、その他地域との関係を重要視するようになる。なかでも、非ヨーロッパ地域での地域統合を促進するための開発援助が開発理事会において、1974年4月末に決定されてばかりであった。
 さらには、ソームズの危機対応の戦略もこの文書に明確に表れてはいないが重要である。しかしながら、「マレーシア、インドネシア、フィリピン」などが「一次産品の豊富な国」として挙げられている。当時は、第一次石油危機が第四次中東戦争の勃発により、引き起こされたばかりであった。石油の価格が4倍になったばかりでなく、一次産品全体の価格が高騰した。そのため、スズ、ゴム、石油などに恵まれたASEAN諸国と関係を構築することは、危機対応の戦略としても、ECに求められたのである。
 さらには、ヨーロッパ・アイデンティティーの関連でも、このテーマは興味深い。従来、ECの域外関係は、その域内関係に比べて注目が集まることが少なかった。しかし、ECとは何か?特に、国際政治においてEC/EUとは何か、をとらえる際に、地域主義のもう一つの例として、鏡となるASEANとの関係は、興味深い。第一次石油危機の影響で加盟国が内向きになるなか、地域主義の台頭の趨勢、そして個別の地域主義を支持し、援助するというEC委員会の行動は、統合に対するECの執着を表す一つの例として解釈することもできるだろう。

2.内容の概略

(【 】は本稿執筆者(黒田)によるメモ的なまとめである。同文書の文面を仮訳したものだが、元々の文章は全部で3頁あり、付属資料をのぞき全訳している。〔 〕は訳出する際に意味が通りやすいように補足したものである)

1.【最初に、ASEANの紹介がなされている。】
 東南アジア諸国連合は、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピンを参加国としている。
その設立文書は、1967年8月8日の[訳者註:バンコク]宣言である。その目的は、経済成長と加盟国間の地域協力の推進である。現在まで、この目的は、ASEANのための事務委員会によって準備された閣僚レベルでの定期的会合により方向づけられた、一連の特定の委員会の支援によって追求されてきた。
 閣僚会合の際提案されたのは、このような作業のやり方は、やりつくされており、共同の中心的事務局の設置が必要であるということである。この主題に関する交渉は、現在進行中である。

2.ASEANのメンバーの二つ、シンガポールとマレーシアは、アジアにあるコモンウェルス諸国との通商関係の発展に関する共通の意思表示(Déclaration commune d’intention)に明示的にあらわされている。その意思表示は、また、コモンウェルスの問題、その地域の途上国の情勢の問題に対する解決策の模索において、共同体が通商関係を考慮するよう勧めている。
 それ以来、 直接であれ、間接であれ、ASEANのすべての国がその意思表示の対象となっていると考えることができる。

3.外交の面では、EEC委員会とASEANの関係は、非常にアクティブである。ASEANの加盟国の代表団長は、ABC(ASEANブリュッセル委員会)という名の下で、共同で活動している。プラグマティックで効率的な共働が始まり、一般特恵制度(GSP)に関する非公式な意見交換や、通商の促進、地域協力などへの援助に関する理事会の決定の実施にかかわるのは、このABCの仲介によってである。
 さらには、非公式な三つの会合が閣僚レベルで行われた。それは、二つのグループ間の関係および共通利益の問題について興味深く、実のある意見交換の機会であった。

4.その会合の最後、ジャカルタでの[訳者註:1974年]9月24日の際、ASEANの閣僚が、共同体との関係の公式化の方向で進むという彼らの希望を伝えてきた。彼らは、インド型の通商協定の締結を退けた。この種の契約関係は、ASEANの域内構造にかんがみて、時期尚早である。また同時に、共同体が通商関係を超えて、発展途上にあるパートナーとの間で真の経済協力をたちあげる際の共同体の困難を考えれば、あまりに控えめな内容を持つものである。彼らは、途中の段階として、情報と諮問機能をもつ共同研究グループの設置の考えを進めたのである。
 委員会の代表団の方では、この考えに原則合意を示した。それは、考慮すべき枠組みに関する詳細な検討と委員会とASEANの間のグループ設置への委員会の同意を条件にして行われた。

5.
A) 政治的な観点では、ASEANとの密接な関係を結ぶ利益は明らかである。
 それは、そのなかにマレーシア、インドネシア、フィリピンのように一次産品が豊富な国を含み、結束の方向に向かう地域グループにかかわる。この集団は最近かなり問題のあった地域での安定の要因であり、共同体が、かつてあったようなヨーロッパとしてのプレゼンスを再確認する機会をつかむことを強く望んでいる。
 さらに、委員会が考案するような開発協力政策は、地域グループとの協力に重点を置いている。
 最後に、共同体と契約関係を結ぶ方向にある途上国の明らかになりつつある傾向を考慮すれば、地域グループとの関係に対して可能であるたびに、この傾向を誘導することは賢明であろう。

B)技術的観点では、ASEANの提案に対して肯定的に答える最も適当な方法は、望まれる共同研究グループの設置である。それは、ローマ条約229条に基づいたものであり、それによれば、委員会は、すべての国際機関との時宜を得た連携を行うということである。
 委員会に提出され、そのためにこの文書に添付された決定草案は、229条の適用が受ける政治的、法的拘束力を尊重する。
 対外関係総局とABCで集まったASEANの加盟国大使の間での交換文書の文面に、ASEAN加盟国大使は合意した。

6. 最後に述べるべきは、ASEANとの共同研究グループが創設され次第、中米共同市場やアンデス共同体から同様の要求がなされることが予測される。というのも、地域協力への支援に関する1974年4月30日の理事会決議の発効を目的とした最近の会合の際、当該地域グループの官僚たちは、適当な時期に組織的な連携がなされるという願望を伝達してきたからである。
(了)

(帝京大学・黒田友哉)

基盤研究(A)「リージョナル・コモンズの研究―地域秩序形成の東アジア=ヨーロッパ比較―」
(研究代表者:遠藤乾)