平成17年度科学研究費のご紹介

基盤研究(S)

長谷川晃

<法のクレオール>と主体的法形成の研究

 

 本研究は異なる法文化の遭遇と法の浸透、そして法の変成と続く連鎖プロセスたる<法のクレオール>を把捉するという見地に立って、当該プロセスでの法形成を様々な法主体の活動による不断の創造として捉え、法秩序の多次元的相互作用を示す統合モデルを構築して、<法クレオール論>という学問領域を開拓せんとするものである。そこでは様々な法的価値が接合される価値的次元、法的価値が様々な個人や集団の行動に具現される行為次元、社会の法思想=制度の歴史的変動期に主体的制度構想が出現する思想=制度的次元、これらの4次元が時空的に織り合わさる統合的次元などの協働のうちで、<法のクレオール>と主体的法形成の諸条件に関する動態比較的な考察を試みる。

 

基盤研究(A)

鈴木賢

東アジアにおける司法の機能変容と法曹養成制度改革――中・台・韓との実態比較調査

 

 本研究は、東アジア三国において日本と同時進行的に生じている法曹養成制度の改革について、最前線へ赴いて資料収集、ヒヤリング調査、研究者や実務家との討論を行うことを通じて、東アジアにおける法曹養成と法学教育の相互連関の構図と論理を明らかにすることを目的とする。具体的には、それぞれの国における西洋法的司法制度・法曹制度・法学教育確立の歴史、法律家の役割と地位、法曹制度・法学教育が抱える問題点、アメリカ・グローバリズムの影響、改革をめぐる議論の対立軸と背景、改革の進展状況と問題点を解明することにある。

 

基盤研究(B)

今井弘道

「東アジア共通法」の模索の為の比較法文化論的研究 ――「法曹法」的法形成を焦点に

 

  現在の東アジアにおけるグローバリズムとリージョナリズムの進展を踏まえて、《「東アジア共通法」の現代的模索》を、先進的法分野である経済法における「法曹法形成」に焦点を当てて、方法と実体との双方向から展開すること――。

  東アジアをめぐる法学研究のパラダイム転換を要求する多様な問題連関に対する適切な切り口になる、と思われるから――。

 その中で、世界的次元での政治的・文化的力関係の変動/欧米中心主義の相対化という背景の中での「東アジア共通法」の模索をめぐって、東アジア全体での共同研究体制を構築すること。

 

田口正樹

西洋と日本における法の「かたち」と統合作用 ――史料論的・文化史的比較研究

 

 人間集団が何らかのまとまりを維持し、自らを一つの集団として意識していく上で、法の果たす役割は重要である。本研究は、法の持つそのような統合作用を、ある時代・場所において「法」とされるものがどのような態様で表現されてくるかという点に焦点を定めて、「史料論」と「文化史」の見方を取り入れつつ、比較検討することを目的とする。その際には、表現する側のねらいやそれを実現するための仕組み、受容する側の意識と対応、表現形式と法の内容との相互作用などに注意しつつ、西洋の各時代や西洋と日本との間で比較研究を行う。

 

松村良之

応報的正義と修復的正義の交叉 ――刑事司法と、複合的正義論への学際的アプローチ

 

 この研究では、法心理学、現代法哲学、法と経済学の観点から、法と応報的正義の問題を他の正義概念と関連で捉え直すことによりその意味を明らかにし、現在被害者と加害者の再統合を目指す試みである、修復的正義が主張されているが、刑事法学の研究をふまえて、応報的正義を越えた修復的正義と新たな法システムの可能性を構想しようというものである。すなわち、法心理学研究においては応報動機の発動条件、内容が明らかにされ、法と経済学では負財の分配の問題が検討され、法哲学では刑罰の国家独占と被害者の参加が正義論の観点から検討され、新たな刑事司法システムの制度設計が構想される。

 

萌芽研究

松村良之

権利識測定心理尺度の開発

 

 権利意識は戦後日本の法社会学の主要課題の一つでありつづけたが、法行動とは独立に権利意識を測定するという試みはなんらなされてこなかった。また、法意識調査においては、信頼性、妥当性の高い調査それ自体が行われていない。この研究では、法意識(権利意識)は法行動の独立変数でありうるが、その関係は複雑であるという前提に立ち、心理学における心理測定法の議論を十分にふまえつつ、権利意識測定のための心理測定尺度を開発する。そこでは、法行動という外部的な基準で妥当性が測られる尺度ではなくそれ自身内部的な妥当性を持った尺度を目指すことになる。

 

若手研究(B)

桑原朝子

和歌・歌物語にみる平安貴族の意識構造──日本における「政治」批判の典型の成立

 

 本研究の目的は、主として平安中期の和歌および歌物語を分析することによって、その中心的な担い手達(具体的には、文人貴族を含む中下級貴族や没落した血統貴族等の、政界の中枢から外れた官人達)の意識構造を解明し、これを同時代の他の史料に表れた、摂関家ら政治権力を掌握している貴族達の意識と比較することによって、特に「政治」批判という点に関するその意義を明らかにすること、そしてこれを手掛りとして文学と政治や「法」の関係という問題について考察を深めることにある。

 

會澤恒

懲罰的賠償の法過程――私人による法実現の可能性と限界――

 

 アメリカ合衆国の懲罰的賠償をめぐる動きは、(1)州レベルでの立法による規制、(2)連邦裁判所が連邦憲法上の問題として手続や額を規制する動き、(3)学説による正当化・批判、の3つに整理できる。しかし、これらを統合して位置づける研究は未だ不十分である。2003年の連邦最高裁のCampbell連邦最高裁判決は伝統的な懲罰的賠償についての観念を変質させたと研究代表者は考えている。本研究は、Campbell判決以降の動向について、下級審レベルでの運用に加え、法実務へ影響を明らかにすることで、現代における懲罰的賠償をめぐる統合的理論を提示し、以ってこの制度の理論的根拠と限界を明らかにする。

 

特定領域研究「民事紛争全国調査」A01

松村良之

現代日本人の法意識の全体像

 

 この研究では、A02班と共同で全国規模の信頼性の高い調査票による面接調査を行い、第一に現代日本人の法意識(権利意識、法・裁判所・法曹への評価的情緒的態度、法知識、有名事件に対する態度、法の全体的イメージなど)をより一般的な社会意識、価値意識(政治意識、正義観・公正観など)との関係で因果関係のパスを含めて明らかにする。第二に、我が国において紛争行動に影響する基底的要因とされてきた法意識が法の主題化、法使用とどのように関連するかを明らかにするとともに、法意識はそれ自体としてどのような意味をもつのか(例えば法システムの拡散的支持の意味)を明らかにする。