2008年度前期  <法哲学> 講義シラバス       教授 長谷川晃

1.講義の概要

◆授業の性格
 この法哲学講義は、学部学生のために、法実践の根底を成す哲学的諸問題についての概観を
与えようとするものである。ここでは特に、現代法哲学の理論的展開を講義によって整理しながら、
法的諸問題が抱える哲学的本性を体系的に明らかにして、法の深層構造の理解に努める。

◆授業の内容
 イントロダクションにおいて現代法哲学の問題や方法のあり方を瞥見し、講義における問題関心
やアプローチの視角を明確にした後、現代正義論の整理と検討に移る。
 今回の講義では、法実践の基軸となる正義の問題を中心的に考察する。まず正義に関する法哲
学的問題の位置づけを図ったうえで、基本的には正義観念の歴史的展開を追いながら、特に現代
における規範的理論を整理・検討する。歴史的端緒として自然法的な正義論を押さえたうえで、現
代の代表的な正義論である功利主義、リベラルな平等主義、権原の正義を検討し、 さらにこれらを
批判する理論として対話的正義、共同善の理論、ポストモダン正義論、そしてさらに修復的正義や
グローバルな正義などの最近の議論の展開を整理しつつ望ましい正義のあり方を探るが、他にこれ
らの正義論と法秩序・社会秩序との相互関係など正義が現実化される過程にも目を向け、正義の
問題は法や法思考のあり方にも連なることを確認する。

◆授業の方法
 講述による。ただし、1回の授業で扱うテキストの部分や基本文献などをこのシラバスで示し、その
内容を踏まえて、新たにポイントをまとめながら授業を進めてゆく。聴講者にはテキスト等を予め読ん
でおくことを求める。
 授業の冒頭には要点の概観を行い、また授業のまとめに再度要点を整理することで、議論のポイ
ントを押さえるようにし、授業中には適宜質疑応答の時間をとる。講義では様々な理論のポイントを
選別して、それぞれの見方の背景にある考え方についての理解を深めてゆくようにする。そして、ま
とめの部分ではそれらの議論を私見によって批判的に検討し、最新の議論状況や問題関心を伝え
たい。 
 また、適当な区切りでリポートを課すが、その際には講義アンケートを実施して聴講者の感触を把
握すると共に、オフィス・アワーおよびメールによる質問・学習相談なども受け付けて、聴講者との
コミュニケーションを確保したい。
 
◆教材・参考書等
 基本的なテキストや参考書、講義の各回で参考とすべき文献などは、後にまとめて掲げる(→3.)。

◆評価の方法
 講義ではテキストを通読していることを前提としたうえで、理論的なポイントに深く踏み込みながら、
考え、整理することを目的とする。それ故、講義への出席は、病気などやむを得ない場合を除いて
必須であるだろう(但し出席は基本的にとらない)。また、リポートを4回ほど課し、それらすべてを
提出したことを条件として評価を行う。
 リポ−トは、各回ごとにA(優)、B+・B(良)、B-・C(可)、D(不可)で評価し、A=10点、B+=9点、
B=8点、B-=7点、C=6点、D=4点 と換算する。総合評価は、20点を満点とし、18点以上を優、
15点以上を良、12点以上を可とする。20点満点の場合は秀を与える。なお、病気・教育実習・留学
等のやむを得ない事情のためリポート提出に支障が出たときには、個別に相談に応じる。
 
◆オフィス・アワー
 講義時間以外の質問・面談のためにオフィス・アワーを設ける。場所は法学研究科研究棟4階、
424号室(内線3309)。時間帯は毎週木曜日13時30分から15時の間、それ以外の場合はアポイント
メントによる。また、 メールによる質問や連絡も受け付ける。アドレスは、

  khase@ec.hokudai.ac.jp
 
◆ウェッブ・ページ
 その他の個人インフォに関してはhttp://www.juris.hokudai.ac.jp/~hasegawa/works.htm を参照
されたい。


2.講義のスケジュール

 1  イントロダクション: 現代法哲学とは
 2              :現代法哲学の諸問題とアプローチ
 3  現代法哲学における正義の問題 (問題とその意義の概観)
 4  正義への通路:法、政治、経済、倫理
 5  正義への通路:哲学
 6  正義の諸相 (正義概念の一般的意義)                    [A1]

 7  古典的正義(1) (アリストテレスの正義観念)
 8  古典的正義(2) (中世および近世法思想の正義観念)
 9  功利主義 (1) (ベンサム/ミルの功利主義)
 10   功利主義 (2) (現代の功利主義)
 11  リベラルな正義(1) (ロールズの正義の2原理)
 12   リベラルな正義(2) (ドゥオーキンとセンの正義論)
 13  権原の正義 (リバタリアニズムの正義観念)         [Report 1]

 14  Interlude: 正義観念のかたち                                           [A2]

 15   効率性論 (経済学的厚生主義・効率性基準による正義観念)    
 16   対話的正義 (アッカーマン/ハーバーマスの討議倫理的な正義観念)   
 17   共同体の正義 (コミュニタリアニズムにおける共同善としての正義観念)
 18   保守主義の正義観 (社会における伝統的な正義観念の意義と限界)
 19   ポストモダンな正義 (「大文字の正義」への批判) [Report 2]

 20   正義・法・社会秩序 (種々の正義観念と法秩序との関係および社会的機能)
 21   正義観念と法(制憲的正義と法の支配)               [A3]

 22   ジェンダーの正義
 23   生命倫理と正義
 24   修復的正義
 25   移行的正義
 26   グローバルな正義                                                     [Report 3]

 27   正義の意義と限界:正義と倫理
 28                  :正義の客観性
 29                  :正義の普遍性                                        [A4]
 30   総括と展望                                                              [Report 4]


3.テキストと参考文献


◆基本テキスト
 基本的なテキストとして、次の2冊を指定する。
  ・田中成明他、『法思想史(第2版)』(有斐閣Sシリーズ)
  ・平井亮輔他、『正義』(嵯峨野書院)
 これらは、現代の正義論に関して必要な基本的知識をまとめたものであり、通読を
必須とする。講義ではこれらを読んでいることを前提として、さらに深く話を進める。
講義との関係は、後に講義トピック毎の文献案内に記す。なお、必要に応じてコピー
資料を配布する。

◆基本参考文献
  講義のテーマやトピック全般に関連する基本的な参考文献として、次のものがあり、
有益である。
   ・亀本洋他、『法哲学』(有斐閣アルマ)
また、現代法哲学の成果へのガイダンスとして、英文ではあるが次のものが便利である。
   ・M. P. Golding, et.al. eds., The Blackwell Guide to Philosophy of Law (Blackwell,
2002)
 これはペーパーバックで比較的安価に入手できるので、関心のある場合には購入
するのも有益であろう。
  
◆一般的な参考文献
 現代法哲学への簡明な入門的読み物としては、大学初年次向けにまとめられた次の
2冊の本がある。参考になるだろう。
   ・長谷川晃・角田猛之編、『ブリッジブック法哲学』(信山社)
  ・深田三徳他編、『よくわかる法哲学・法思想史』(ミネルヴァ書房)
 法哲学の一般的な概説書として基本的なものには、次の4冊がある。これらは、テキスト
を通読して基本的な知識を得たうえでさらに勉強を深めるために重要なものである。それ
ぞれ戦後日本の法哲学史において一時代を画した文献であり、独自の見地から議論が
展開されているので、各々の特徴や異同を見極めながら、比較して読んでゆくのが望ま
しい。
   ・碧海純一、『新版法哲学概論(全訂第二版補正版)』(弘文堂)(以下『碧海/概論』)
   ・加藤新平、『法哲学概論』            (有斐閣)(以下『加藤/概論』)
    ・矢崎光圀、『法哲学』   (筑摩書房)(以下『矢崎/哲学』)
   ・田中成明、『法理学講義』            (有斐閣)(以下『田中/講義』)
 なお、最近も様々な法哲学の概説書が現れている。上記のものに付け加えて独自の特
色があるものとしては、以下が挙げられよう。
    ・大橋智之輔他編、『法哲学綱要』(青林書院)  
    ・三島淑臣編、『法哲学講義』(成文堂)
   ・笹倉秀夫、『法哲学講義』(東京大学出版会)
    ・青井秀夫、『法理学概説』(有斐閣)
 また、本講義の基礎となっている哲学的な問題設定やアプローチのあり方に関しては、
以下のものを推す。まず、基本的な哲学の態度に関しては、トーマス・ネーゲルの次の著作
がわかりやすく、示唆に富んでいる。
  ・T・ネーゲル[若松良樹他訳]、『哲学ってどんなこと?』(昭和堂)
 さらに、この講義で志向する理論的アプローチの範型を示すものとして、ロナルド・ドゥオー
キンの次の諸著作が重要である。
  ・R・ドゥウォーキン[木下毅他訳]、『権利論(増補版)』(木鐸社)
  ・R・ドゥウォーキン[小林公訳]、『法の帝国』(未来社)
  ・R・ドゥオーキン[石山文彦訳]、『自由の法』(木鐸社)
  ・R・ドゥウォーキン[小林公他訳]、『平等とは何か』(木鐸社)
 なお、この講義では立ち入って扱わない法思想史上の諸問題につき、示唆的な概説書と
して、とりあえずは以下のものを推す。
  ・三島淑臣、『法思想史(新版)』(青林書院新社)
    ・恒藤武二、『法思想史』(筑摩書房)  
  ・竹下賢他編、『トピック法思想』(法律文化社)
  ・笹倉秀夫、『法思想史講義』(東京大学出版会)
 また、この講義では直接には扱わない、現代社会において新たに現れつつある様々な社会
問題との関わりで生ずる法哲学的問題に関する有益な参考文献として、とりあえずは以下のも
のを推す。
   ・竹下賢他編、『マルチ・リーガル・カルチャー』(晃洋書房)(法文化の問題)
    ・桜井徹、『リベラルな優生主義と正義』(ナカニシヤ出版)(生命倫理の問題)
    ・岡野八代、『法の政治学』(青土社)(ジェンダーの問題)
    ・上村英明、『先住民族の「近代史」』(平凡社)(民族への歴史的不正の問題)
    ・井上達夫編、『公共性の法哲学』(ナカニシヤ出版)(新たな公共性概念の問題)

◆講義トピック毎のテキスト該当個所と個別参考文献
   以下に、講義の各トピック毎に、テキスト該当個所と個別参考文献を示す。
テキスト該当個所に関しては、上記の田中他『法思想史(第2版)』、平井他『正義』をそれぞれ
『法史』、『正義』と略して示す。また、参考までに、亀本洋他、『法哲学』についても、関連個所を
『法哲』と略して示しておく。
 その一方、講義の各トピックに関してさらに深く勉強するためには、以下で記すような個別参考
文献が最初の手がかりになるであろう。これらの文献はすべて図書館に所蔵されているので、各
自で検索して読んでほしい。ただし検索の際には、本は借り出さず、該当個所のコピーを取るだけ
で直ちに返却するようにしてほしい(他の人が閲覧できなくなるため)。
 なお、講義第1・2回のイントロダクション(現代法哲学の基本的諸問題・アプローチの方法)に関
しては、 『碧海/概論』、『加藤/概論』、『矢崎/哲学』、および『田中/講義』のそれぞれ第1章
を参照 されたい。また、正義論一般については、『碧海/概論』第2,3,8,9章、『加藤/概論』第3,
4,5
章、『矢崎/哲学』第8,9章、『田中/講義』第1,2編を参照されたい。
 

  3  現代法哲学における正義の問題 (問題とその意義の概観)
  4  正義への通路:法、政治、経済、倫理
  5  正義への通路:哲学
  6  正義の諸相 (正義概念の一般的意義)  
      以上については、
『正義』序章、『法哲』第3章、および下記を参照。
        ・川本隆史、『現代倫理学の冒険』、第1部
        ・井上達夫、『他者への自由』、第3
        ・H・ケルゼン[長尾他訳]、『正義とは何か』、第1
                ・田中成明、『法的空間』、第3
                ・井上達夫、『法という企て』、第1
                ・長谷川晃、『公正の法哲学』、第1部第1

  7  古典的正義(1)
      
『法史』第1章、『法哲』第3章-1
                ・アリストテレス、『ニコマコス倫理学』、第5巻
        ・岩田靖夫、『アリストテレスの倫理思想』、第5章
        ・J・O・アームソン[雨宮訳]、『アリストテレス倫理学入門』、第5,9章
  
   8   古典的正義(2)
             『法史』第2,3章、『法哲』第3章-1
                ・H・ケルゼン[黒田他訳]、『自然法論と法実証主義』、第1,3論文
                ・P・ダントレーヴ[久保訳]、『自然法』、第1,2,3
                ・H・L・A・ハート[矢崎監訳]、『法の概念』、第9

   9  功利主義(1)
      『法史』第4章、『正義』第1章、『法哲』第4章
         ・戒能通厚、『世界の立法者・ベンサム』、第2章
               ・深田三徳、『法実証主義と功利主義』、序章、第1
                ・平尾透、『功利性原理』、第3,10
 
  10   功利主義(2)
              『正義』第4章
                 ・H・L・A・ハート[小林他訳]、『権利・功利・自由』、第2,3,6
        ・R・ドゥオーキン[木下他訳]、『権利論』、第8章・エピローグ
        ・安藤馨、『統治と功利』、第1部

  11  リベラルな正義(1)
      『法史』第15章、『正義』第2章、『法哲』第1章,第3章-1,3
                 ・J・ロールズ[田中他訳]、『公正としての正義』、第3,4
                 ・J・ロールズ[田中他訳]、『公正としての正義―再説』、第2,3
                 ・渡辺幹雄、『ロールズ正義論の行方』、第1,2,3,4章

 12   リベラルな正義(2)
             『法史』第15章、『正義』第6章、『法哲』第3章-3,第4章-4
                ・R・ドゥウォーキン[小林他訳]、『平等とは何か』、第2,6,7
                ・A・セン[池本他訳]、『不平等の再検討』、第1,2,3,4,5章
        ・竹内章郎、『現代平等論ガイド』、第3,4

  13  権原の正義
      『法史』第15章、『正義』第3章、『法哲』第4章-2,3
                ・R・ノージック[嶋津訳]、『アナーキー・国家・ユートピア』、第7
                ・F・A・ハイエク[矢島他訳]、『法・立法・自由2』、第8,9
               ・森村進、『自由はどこまで可能か』、第1,2,3,4,7

  
15   効率性論
      
『法史』第14章III-2、『法哲』第5章-3
         ・R・ポズナー[鯰越他訳]、『正義の経済学』、第3,4章
          
・太田勝造、「権利と法の経済分析」(棚瀬編、『現代法社会学入門』)
                ・林田清明、『法と経済学の法理論』、第3章

  16  対話的正義
             
『正義』第9章、『法哲』第4章-6
               
・U・ノイマン[亀本他訳]、『法的議論の理論』、第4,5章
               
・平井亮輔、「妥協としての法」(『法の臨界1:法的思考の再定位』)
             
 ・田中成明、『現代社会と裁判』、第1,2,3章

  17 共同体の正義
             
『法史』第15章IV、『正義』第5章、『法哲』第4章-5
       
・M・サンデル[菊池訳]、『自由主義と正義の限界』、序論、第1,4,終章
               
・M・ウォルツァー[山口訳]、『正義の領分』、第1,2章
               
・井上達夫、「共同体論」(『法哲学年報1989 <現代における個人・共同体・国家>』)

  18  保守主義の正義観
        ・R・ニスベット、
『保守主義』
        ・西部邁、『保守思想のための39章』
        ・中岡望、『アメリカ保守革命』

  19 ポストモダンな正義
             
『法史』第14章III-3、15章IV、『正義』第7,8,10章、『法哲』第6章
               
・川本隆史、『現代倫理学の冒険』、第5章
              
 ・酒匂一郎、「差異の政治とリベラリズム」(『法の理論』、16号)
                ・和田仁孝、『法社会学の解体と再生』、第4,6章

  20 正義・法・社会秩序
                ・長谷川晃、『権利・価値・共同体』、第3章
             
 ・長谷川晃、『解釈と法思考』、第6,7章
               
・長谷川晃、『公正の法哲学』、第3部第1章
 

  21  正義観念と法
                ・
P・ダントレーヴ[石上訳]、『国家とは何か』、第2部
               
・佐藤幸治、『日本国憲法と「法の支配」』、第1章 
                ・井上達夫、『法という企て』、第2章

  22   ジェンダーの正義
  23   生命倫理と正義
  24   修復的正義
  25   移行的正義
  26   グローバルな正義                       
  27   正義の意義と限界:正義と倫理
  28                  :正義の客観性
  29                  :正義の普遍性  

 

 

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【2008年度前期<法哲学>(長谷川)第2回リポート課題】

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効率性論、共同体の正義、対話的正義、保守主義、ポストモダニズムの
5つの立場のいずれかで、あなたが関心を持ったものを選び、その立場
の意義と限界について論評しなさい。
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様式: ワープロ原稿または400字詰原稿用紙(ワープロ原稿の場合は
            行・桁数を明記すること)
字数: 2,000字程度
提出期限: 7月14日(月)13時(厳守)
提出先: 法学部教務係窓口前リポート・ボックス                     以上

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