地球は1つ、民法は2つ?


いまや旧聞に属することかもしれませんが、一応、当時の状況を記録しておきます。

問題は、こういうことです。1999(平成11)年11月18日の参議院法務委員会における政府参考人の細川清・法務省民事局長の応答を見てみましょう。


○橋本敦君 私は、法案の内容に入る前に、形式的な問題ですが、広中俊雄教授が法律時報の七十一巻六号で指摘されております表記の問題について政府の見解をただしておきたいと思うのです。
 言うまでもないことですが、我が国の日本民法典は二つの法律によって生み出されたという経緯があります。一つは法律八十九号、明治二十九年、民法第一編、第二編、第三編。第二の法律は明治三十一年の法律第九号で、民法第四編、第五編、こうなっています。したがって、民法全体を表示する場合は法律八十九号、法律九号、この二つの表示が必要ではないかという問題がこういう経緯から出てくるわけでございます。しかし、その後の経過の中では、定着した立法実務の中では、この法令の番号、公布年の表示は八十九号を主として書いているということで実務的に来ているわけです。
 私は、こういう経過を考えてみますと、広中教授が言っておられますように、こうなった大きな経過というのは、戦後の昭和二十二年の法律第二百二十二号による民法改正によって民法典の性格を根本的に一変させることになりまして、個人の尊厳と両性の本質的平等、これを統一的な理念として親族編、相続編の抜本的な改正がなされ、そしてまた、こういう関係から全体を一つとして、区別することなく民法の一部を次のように改正するというやり方でこのときやられた。国民の意識としても、広中教授が指摘されておりますが、民法を二つのものじゃなくて一つのものとしてとらえるという市民的感覚というのは今日我々の中に定着していると言ってもよいわけでございますから、そういう意味では、民法典が、成り行きは二つの法律でできたけれども、一つの民法典ということで存在しているという規範的意識が国民の中にあるわけでございます。
 そこで、民法典を指摘する表示としてはこれを一つのものとしてとらえることとして、民法の括弧書きは常に明治二十九年、明治三十一年、この両法律の併記ということで八十九号、九号、これを併記するというのが一番合理的ではないかという指摘がされているわけでございます。
 しかし、今回の民法改正法案ほか関連三法案については、これはいずれもこの点については法律第八十九号だけが括弧書きで指摘をされているわけでございますが、この表記の問題、民法典の成り行き、生い立ち、経緯、今日までの経過を含めてこういうことになってきたこと、そしてまた、政府としては今後この点は二つきちっと表記をするということにするのか、このように一つだけでいくということにしていくのか、その点について政府の見解をお示しいただきたいと思います。

○政府参考人(細川清君) これは、昭和六十二年の養子法の改正のときにも同じ問題があったわけですが、そのときも今回と同じような法律番号の表記をしております。そのときに、内閣法制局とも打ち合わせまして、今後とも民法はこの一本の、要するに御指摘の明治二十九年法律第八十九号で引用するのが適当であるという結論になったわけでございます。
 理由を簡単に申し上げますと、私どもの考え方は、民法の第四編、第五編は、一編から第三編の追加的改正であるというふうに理解するわけです。そして、我が国の立法実務におきましては、既存の法律の一部を改正する法律、つまり追加的改正を含めまして既存の法律の一部を改正する法律は、改正の対象たる既存の法律とは別個独立の法律ではあるけれども一部改正法が施行されたときには一部改正法の本則の定める具体的内容は既存の法律に溶け込み既存の法律とは同一性を持って存続するとの理解に立つ、こういうことでございまして、例えば刑法は全部今平仮名になっておりますが、あれも法律番号としては一番最初の明治時代に制定をしたときの番号になっていますのも今申し上げたような考え方に立つものでございます。

○橋本敦君 今回の民法の改正ということになりますと、内容的には法律第九号、民法の第四編、第五編ということにかかわってくるわけです。にもかかわらず、それはいいんだよと、今おっしゃったようなことで。ということは、これはもう政府の内閣法制局も含めた統一見解として今後もこれでいいんだということで処理されていると、こういうことですか。
 そうしますと、こういう意見が、広中さんのような意見がいまだにあるんですが、この問題についてはもう政府としては、見解の相違ということで、これでいきたいと、こういうことでいいんですか。

○政府参考人(細川清君) 御指摘のとおりでございます。法律の題名の下に括弧書きを書くのは、要するに法律を特定するためにだけやっているわけで、それ以外の意味もないわけですので、それでよろしいんではないかというのが現時点での私どもの考え方でございます。

(第146回国会参議院法務委員会会議録第4号26-27頁)

「民法の一部を改正する法律」(平成16年法律147号)を衆議院の制定法律のページで見てみました。


いわゆる民法の現代語化に際して企図された「作業」は、「明治31年法律9号は明治29年法律89号に追加的改正を行う一部改正法であって、民法=明治29年法律89号である」という法務省=内閣法制局の考え方に基づき、それを明確化するものとも解されます。

ところが、総務省の「法令データ提供システム」(e-Gov法令検索の前身)で「民法」を検索してみると、


となっており、明治29年法律89号と明治31年法律9号は別個に存在する現行法として扱われているようでした。それぞれの詳細を見てみると、




となっていました。冒頭の3項の「法律文」の直後にある (別冊) という表記にも留意すべきかもしれませんが、ここでは措くこととします。

さらに、国立国会図書館の日本法令索引の「現行法令検索」で「民法」を検索してみると、


となっていました。それぞれの詳細を見てみると、




となっていました。明治29年法律89号は、明治31年法律9号によって改正されたことになっています。しかし、明治31年法律9号は、その後も独立の法律として「法令沿革」が表示されますので、明治29年法律89号の一部改正法という理解でもないようです。

しかも、平成16年法律147号による改正以降も、明治29年法律89号と明治31年法律9号は、別々の「法令沿革」を重ねていることになっています。




上が明治29年法律89号の「法令沿革」、下が明治31年法律9号の「法令沿革」です。

ちなみに、平成17年法律87号は、明治29年法律89号と明治31年法律9号をそれぞれ別個に扱って改正したことになっています。


現在の日本法令索引の画面でも、平成16年法律147号の被改正法令として、明治29年法律89号と明治31年法律9号がそれぞれ別個に挙げられているようです。





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