1997年度試験講評


[問題]

 Xは、「Lui Vuitton 」という名で日本国内の8割程度の成人に高級服飾品メーカーとして知られている。Xは、著名であるという自負があり、必要もないと考えて、登録商標を有していなかったのだが、ただ一件、指定商品を「飲料」とする「Lui Vuitton 」という登録商標を5年前に取得し、現在も保持している。しかし、Xは、飲料を販売したことは一度もなく、3年毎に開催されるX主催の「Lui Vuitton ショー」というファッション・ショーで観覧者に「Lui Vuitton 」標章を付したワインを配布していたに過ぎない (直近の開催日は1996.4.1) 。
 他方、Yは、「Hi Viton」という名の滋養強壮飲料の製造販売を計画し、指定商品を「飲料」として「Hi Viton」という商標を特許庁に出願しておこうと思い、調査したところ、Xの登録商標の存在に気付いた。そこで、Yは、1997.6.1に、「許諾をいただけない場合には、不使用取消審判を請求します」と明言しつつ、Xに登録商標の使用許諾を申し入れた。XとYは何度か交渉を重ねたが、許諾料の額の点で折り合わず、結局、交渉は決裂するに至った。そこで、Yは、1997.9.15 に不使用取消審判を請求した (審判請求の登録日は1997.10.1)。ところが、それに先立って、Xは、1997.6.5に、日本経済新聞に「当社の東京支社で1997.6.10 に Lui Vuittonワインを発売します」と1行広告を出し、1997.6.10 に東京支社で来訪者に1本1万円のワインを総計3本販売していた。もっとも、その後、Xはワインを販売していない。

 1) Yの不使用取消審判請求によりXの登録商標は取り消されることになるのか、考察せよ。

 2) Yの審判請求が認められてXの登録商標が取り消されたとする。Yは指定商品を「飲料」とする「Hi Viton」という商標の登録を求めて特許庁に出願していた。このYの出願した商標の登録は認められるのか、考察せよ。

 3) 同じく、Yの審判請求が認められてXの登録商標が取り消されたとする。Yは「Hi Viton」という名の滋養強壮飲料の製造販売を開始した。XはYに対して「Hi Viton」を滋養強壮飲料に使用することを止めろと請求したい。この請求は認められるのか、考察せよ。

[講評]

 1) 条文上は不使用が3年継続していること、すなわち、50条2項の条文をみても明ら かなとおり、3年以内に一度でも使用されていれば取消しを免れることができます。もちろん、条文のこの帰結はおかしいということで、大半の方がYの使用は「形式的な使用」ないし「駆け込み使用」なので、不使用取消審判で問題となる「使用」とはみなされないと説いています。もっとも、知的財産法の知識を教えることがこちらの最終的な目標ではないので、何故、そうなのかという理由を書いていただかないと高得点にはなりません。
 形式的使用を例にとれば、まず、a)何故、「形式的な使用」で不使用取消しを免れることになってはならないのか、ということと、かりにそうだとして、b)何故、本件では「形式的な使用」ということになるのか、ということを論述しなければなりません。
 そして、a)に関しては、登録が残るということは、それだけ他者の商標選定の自由を妨げることになるのであるから、それ相応の使用が行われていなければならないという理由付けが使われるのでしょう (登録主義を採る商標法といえども、究極的には商標の使用を促進する趣旨であると補完してもよいでしょう) 。ただ、本当のことを言えば、本件では、3)で分かるように、結局、不正競争防止法2条1項2号でYの使用は差し止められますから、この理由付けは説得力を欠きます。審査にお忙しい特許庁や、膨大な既登録商標をサーチしなければならない第三者の便宜に配慮すると、さして使用もされない商標登録はなるべく取り消されるものとしておいた方が、出願も抑制されることになるだろう。そして、具体的な保護は、単に商標登録があるという一事をもって肯定するのではなく、不正競争防止法2条1項1号や2号所定の要件の下で図るべきである。くわえて、商標法も、所定の要件の下で防護標章登録という制度を用意しているのであるから、そちらでいってくれというのが筋である、というように書いてくれるのであれば完璧だといえます。
 b)に関しては、1997.4.1に関しては、三年に一度であって市場には出ないこと、しかも、著名表示の下で開催されたファッション・ショーで配布される同じ表示がワインに付されていたとしても、それを受け取った人は、ショーを表示するものとして捉えるであろうということが理由となります。ワインが無料であった場合にはそれが促進されることになると補完してもよいでしょう。
 また、1997.6.5と6.10に関しては、審判請求日より3ヵ月以上前に使用を開始しているので、形式的には、50条3項には当たらないのですが (これを日付けを吟味せずに50条3 項に当たると勘違いした人が十数名いらっしゃいました) 、一行広告一個でしかも三本販売した程度であり、Yに不使用取消審判を起こされそうだということで、もっぱら不使用による取消を免れる目的で使用したのであり、Xは当該使用を以降も続けていく意図がないであろうということから、形式的な使用に該当すると結論づけた方がよさそうです。

 2) 問題となる条文は順に、商標法4条1項10号、15号、19号ということになりますが、これらの条文を全て検討した人が少なかったのが残念です。もっとも、10号ないし15号当たりで、Yの登録は認められないと帰結した人は、特に19号を調べる必要はないのですから、それで構わないのですが、そうではなくて、10号ないし15号に当たらないから、Yの登録は認められると帰結した人は、残念ながら減点となります。
 なお、個別的には、10号では、広知表示の主体Xの使用している商品 (高級服飾品) とYの指定商品「飲料」との類似性が問題になります (普通に考えれば、類似性否定) 。また、15号では、XとYが「飲料」に商標を使用した場合に、Xと混同する人が出るのかということが問題となりますので、広義の混同の論点を論述すべきでしょう。指定商品「飲料」には、Yが実際に使用している滋養強壮飲料ばかりではなく、それこそワインも含むのですから、それを理由に混同を肯定しても構いません。しかし、滋養強壮飲料と高級服飾品ということだけで広義の混同を肯定することには無理があるように思われます。
 19号に関しては、結局、Yに登録商標を使用させる利益を認めるべきかということが問題となります。そして、Xの表示は全国的に著名のようですから、全国何処へ行っても、YはXに不正競争防止法で使用を止められてしまいそうです (3)参照) 。そうすると、あえてYの登録を認める必要はなく、19号で登録を阻却すると考えた方がよさそうです。

 3) 2条1項1号に関しては、高級服飾品と滋養強壮飲料との間で広義の混同を認めることは困難ですので、3)では、もっぱら2条1項2号が問題となります。Xの表示は著名なところ、それにも関わらずYに「Hi Viton」を使用しなければならない必然性は認められないこと (いわゆる「強いマーク」) 、くわえて、滋養強壮飲料と高級服飾品とのイメージの違いから、Xには単なるダイリューションに止まらないポリューションというべき不利益が発生することになると思料されることを考えれば、請求を認めるべきです。
 なお、2条1項2号の類似性のところで混同のおそれや広義の混同のおそれを問題にする答案がありましたが、混同防止を目的としない2号では、ダイリューションやポリューションを起こさせるほどに表示が似ているか、具体的にはYの表示に接した人がXの表示を容易に想起するほど似ているのかということを問題とすべきです。



トップページへ戻る



このホームページやゼミに関する質問、意見等はこちらにメールをください。
田村善之
注・スパムメール対策で特別な表記をしております。
送信の際は「AT」のところを「@」に変更してください。


市橋一宣(田村ゼミ生OB)