アメリカ大統領選で、バラク・オバマ氏の当選が決まった。新政権下での金融危機の行方、新たな世界秩序のあり方、さらには日米関係の変化に関心が集まっているが、もう少し長い射程でオバマ氏の当選の意味を考えてみたい。
不況のダメージ
オバマ氏の圧勝という印象が強かった今回の大統領選であるが、得票率を見ればわかるとおり、けっしてオバマ氏支持でアメリカが一枚岩になったわけではない。
むしろ、ブッシュ政権の負の遺産を受け継いだマケイン候補が、金融危機の直撃を受け自滅した結果、表面的には地滑り的なオバマ氏の勝利となったといえるだろう。
今回のマケイン候補の敗北は、より長期的に見るならば、これまでアメリカ政治を支配してきた、新自由主義と道徳的保守主義の連合の終焉を意味する可能性が高い。
富裕層を優遇する減税政策に代表される市場志向の新自由主義と、宗教原理主義とも結びついた、中絶反対に象徴される道徳的保守主義とは、本来、かならずしも調和的なものではない。
にもかかわらず、ブッシュ政権をはじめ歴代の共和党政権は、両者を同時に支持基盤とすることで、「保守支配の時代」を実現してきた。今回の選挙結果は、このような連合がもはや不可能になったことを意味する。
その背景には、草の根レベルで保守主義を支えてきた層が、経済不況のダメージを受け、失業危機にさらされたことがある。このグループが今回の選挙では、オバマ氏支持に転じたのである。
「境界線上の人」
その意味で、今回の選挙結果は、アメリカ社会の分断がもたらしたものである。しかしながら、そのような分断時代のアメリカが、「希望」とアメリカ国民の団結を唱えたオバマ氏を新大統領に選んだのも偶然ではない。
オバマ氏は、さまざまな意味で、「境界線上の人」である。
まず、オバマ氏はアフリカ系黒人の父親と、アメリカ白人女性との間に生まれた人物である。 しかも、オバマ氏の母親は後にインドネシア人男性と再婚し、オバマ氏自身インドネシアで少年時代を過ごした。
オバマ氏自身はハーバード大学の法科大学院を修了し、弁護士となったエリートである。
法科大学院では法律雑誌の編集長をつとめるなど、将来を約束された存在であった。しかしながら、彼はまもなく法曹の世界を飛び出し、コミュニテイー活動家に転じる。
オバマ氏の政治的立場も、ある意味で「境界線上」である。ブッシュ政権のイラク政策を批判し、失業対策や国民皆保険に熱心なオバマ氏はまぎれもなくリベラル派である。
が、同時にオバマ氏は熱心なキリスト教徒であり、精神性・道徳性を重視するという意味で、道徳的保守主義との接点ももっている。(中絶には反対していないが)。
まずは経済回復
このように、オバマ氏は、さまざまな意味で「境界線上の人」である。まさに、このような特徴こそが、分断時代のアメリカ社会の再統合を体現する人物として、彼が選ばれた理由であった。
しかしながら、このことが直ちに、オバマ氏の政権の成功を意味するとは限らない。
オバマ氏の地滑り的な圧勝をもたらしたのは、経済危機であった。したがって、彼に集まる期待は、まずは経済の回復と雇用の確保である。しかしながら、これらの点について、彼の手腕は未知数であるといわざるをえない。
オバマ氏に課せられた歴史的課題は、分裂するアメリカ社会に新たな団結をもたらし、「希望」を創出することであるが、この課題には当然のことながら時間がかかる。
にもかかわらず、オバマ氏にまず期待される経済危機克服のために残された時間は、けっして多くはない。この課題に失敗したならば、彼の政権は短命に終わる危険性もある。
オバマ氏に課せられた歴史的課題と、彼を当選させた現在の要請。両者の関係が、オバマ氏の政権の運命を決めるだろう。
(北海道新聞「論考08」2OO8年11月12日夕刊)
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