世界で一番大きい規模のデモクラシーは? 5月に総選挙のあったインドである。有権者数は7億を優に超える。その次は? 答えは、議会選挙のあったばかりの欧州連合(EU)である。有権者数は3億7500万人であった。
国ごとの民主政に加えてヨーロッパ規模で議会選挙を行うことを不思議に思う向きもあろう。けれどEUのように強固に制度化された地域では、国とEUが立法を分け持ち、4分の1ほどの各国立法がEUから派生するものなのだ。とすると、EUにも民意を反映する必要があるだろう。
欧州議会は、この30年、民衆の直接選挙により選ばれてきた。この間ことあるごとに、議会権限は強化されてきた。かつては象徴的な存在だったが、いまやEU予算の約半分、また立法の大多数に欧州議会の承認が必要なところまで来ている。国政とは別に多国間で地域政治体を形成し、民主的に制御するという多層デモクラシーの壮大な実験である。
ただし問題も山積だ。その選挙は「二流の総選挙」と揶揄され、疎遠な議会に対する関心は薄い。議会権限は強化されたが選挙での投票率は低下し、投票動機の強い極右などの異議申立て政党が伸長した。また、EUそのものというより、その権限が及ばない国内の指導者や政策が争点となりがちである。これらの傾向は、(脱稿時にはまだ見ぬ)今回の選挙結果にも強く現れているに違いない。
これには仕方のないところもある。加盟国の議会と政党が100年を超える歴史を持ち、国ごとのアイデンティティを当たり前のように享受する。それに対し欧州議会は、移植した人工心臓のようなものだ。これがナチュラルに作動するにはまだまだ時間がかかる。
問題にばかり目が行く欧州議会だが、地域レベルの事柄について、加盟国市民が直接の意見表明の機会を得ているのは事実である。考えてみてほしい。海を越えてやってくる隣国からの有害食品、酸性雨、あるいはミサイルについて、日本人は国家間外交以外の意見表出の回路をもつだろうか。
ヨーロッパは自らの地域に関し自律を試みる。平和裡に、しかも民意を汲み取る努力をしながら。イタリア人やドイツ人がフランスで選挙の洗礼を受けるのも珍しくなくなった。あるいは、オーストリアの組閣やアイルランドの予算について、議会を含めヨーロッパ全体で是非を議論し、時に抗議し制裁を科すのである。
かつて国際関係と括られ、外交という回路しかなかった場に、ヨーロッパ人は民衆の声を届けようとする。ここに耳を澄ませば、新しい自由の鼓動もまた聞こえるのである。
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