クーデンホーフ・カレルギー伯爵が、再び脚光を浴びている。現首相の祖父に当たる鳩山一郎元首相がその友愛思想に影響を受け、翻訳までした人である。
日本人を母に持つオーストリア貴族の伯爵は、戦間期に独仏和解を説き「パン・ヨーロッパ」運動を推進した。昨夏、鳩山由紀夫現首相が総選挙直前に発表し、米国で批判の対象となった論文で、伯爵にひきつけ友愛を説き、東アジア共同体を支持したことから、注目された。しかし伯爵の構想は、控えめに言っても取り扱い注意にする必要があろう。
というのも、彼の議論は、帝国による世界分割を志向していたからである。彼のいう欧州合衆国は、当時の欧州列強の植民地、即ちアフリカや東南アジアを含むものだった。米州、英連邦による勢力圏と並行して予定されていたのは、日本の指導の下における東アジア統一である。当然、現代にそのまま伯爵の構想を当てはめるわけにはいくまい。
のみならず、欧州統合が画期的に進んだのは、伯爵が活躍した戦間期ではなく、その政治的存在感が希薄になった冷戦中であった。その時期の欧州統合は、西欧に限定した形で進展した。その結果、中東欧にまたがる「パン・ヨーロッパ」の余地は失われていた。したがって、通常現地では、伯爵は欧州統合の父とは見なされない。
その反面、統合欧州は、東の共産陣営との競争上、大西洋同盟を基とし、米国に後押しされて形成された。つまりそれは西欧の結束を促す冷戦下の米国益に合致していた。欧州統合の父のジャン・モネは、そのように米国に統合を提示し、支援を引き出す天才であった。これは、伯爵の予定した米州と欧州の帝国的な棲み分けとは構図を異にする。
ひるがえって、いま東アジア共同体を構想する際、米国かアジアかという二項対立ばかり目につく。これは、実際に進展した欧州統合の歴史的事実に学ばない浅薄さを抱える。東アジア共同体と日米同盟とを二律背反とするのではなく、同構想を米国の利益に合致するように提示する(モネのような)努力が決定的に不足している。
逆にもし仮に伯爵に学ぶとすると、米国亡命時に議会を重視する方向へ舵を切った後の彼からであろう。ただし、このモデルでは体制の民主的なあり方が問われることになる。そうすると、韓国や台湾は問題ないとしても、地域の最大の課題である中国を疎外することになりかねない。
東アジア共同体を構築する際、こうした問題点を友愛思想で乗り越えられるかどうかはいまだ未知数といえよう。
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