日本が選挙一色となった8月以降、北東アジアの国際環境には急激な変化が起こっている。クリントン元米大統領の訪朝、金大中元韓国大統領の死去にともなう弔問外交などを通じて、北朝鮮が米韓との対話を通じた緊張緩和に向けて積極的な姿勢を示したのである。長期にわたる相互不信を払拭し、急速な関係改善を達成するのは容易ではないが、新政権も対話の機運に積極的に対応していくべきである。
民主党は、核兵器廃絶の先頭に立つと唱えるとともに、北朝鮮の核保有を認めず、北東アジアの非核化を進めることをマニフェストで謳った。実際、朝鮮半島の緊張緩和と非核化は日本の安全を確保し、グローバルな核軍縮を進めるうえで中核的課題である。しかし、この点は選挙戦ではほとんど議論されず、新政権は課題実現の具体策を欠いたまま発足する。したがって問題は、新政権が公約を実現するために必要な政策転換を実現できるかという点にある。
北朝鮮の核問題は、1994年以来継続している。90年代には、グローバルな冷戦の終結に対応して、アジアでも冷戦後秩序が模索されたが、日朝関係や米朝関係の正常化を含む秩序転換はできなかった。つまり、冷戦期の対立構造が根強く残っており、その延長上に現在の核危機が継続してきたのである。
自民党政権下、冷戦後の対外政策はもっぱら日米安保の軍事化とグローバル化という形をとった。この傾向は小泉=ブッシュ期には拍車がかかり、対米軍事貢献が日本の安全を高めるという狭隘な図式が固定化された。さらに党内ハト派の退潮や北朝鮮のミサイル実験や核実験を背景として、有効性や政治的波及効果を考慮しない独自核武装や敵地攻撃能力を「現実主義的」とするような自己陶酔的議論が広がった。その意味では、日米の強硬策と北朝鮮の軍事的対応との悪循環を転換することは、自民党政権には期待できなくなっていた。
日本が強硬な交渉姿勢を維持するだけでは、何も達成されないことはこれまでの経緯が示している。新政権には北東アジアの非核化のため、そして、拉致問題の解決のためにも、より柔軟な交渉姿勢への転換が不可欠である。短期的には、北朝鮮に核武装にはメリットがないことを明示しつつ、北朝鮮の現体制の存続を可能とする枠組みの提供と検証可能な核廃棄に向けた交渉が必要である。交渉である以上、具体的条件の積み上げと取引以外に方法はない。
民主党が掲げた外交目標は、北東アジアの根深い政治的対立を超える、緊張緩和、信頼醸成、核軍縮、通常兵器の軍縮への取り組みを要請する。それは日本が東アジアで遅ればせながら脱冷戦型秩序の構築に積極的に取り組むという自己変革をも意味している。日米地位協定の改定は新たな安全保障の枠組みの帰結としてもたらされるはずだ。
日本の自己変革は、オバマ米大統領の「核なき世界」提案とも強い親和性がある。その際、オバマ提案の背景には、キッシンジャー元国務長官のような現実主義者こそが核抑止にかわる安全保障メカニズムを追求するようになったという劇的な変化があることを確認しておく必要がある。つまり、「核なき世界」は単なる理想の追求でなく、現実的な安全保障上の要請に基づくものなのである。
新政権は、こうした変革を実現する論理と手順を緻密に積み上げて、内外に明確に説明し、冷戦思考から離れることに不安をもつ国民を、実績を上げながら説得する責任を負ったといえるだろう。
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