安倍前首相の突然の辞任に続いて、小沢民主党代表の辞意表明である。小沢代表の辞表は最終的に撤回され、留任することになったが、この相次ぐ辞任騒動は、日本の政治家の指導力に疑問符を付ける結果となった。だが、そこからみえてくるものは、はたしてリーダーシップの問題だけだろうか。
この間の安倍・小沢両氏の共通点は、ポスト小泉革命の政治的課題に正面から取り組もうとしたことである。周知のように、小泉元首相は、郵政事業の民営化や公共事業費の削減にみられるように、利益誘導に基礎を置く自民党政治を破壊し、国民の拍手喝采(かっさい)を浴びた。とりわけ都市部の無党派層を取り込むことで、一昨年の総選挙で自民党を歴史的な大勝に導いた。
ところが、こうした手法はパーソナリティに依存する部分が大きく、模倣が困難である。移り気な都市部の無党派層を継続的に繋(つな)ぎ止めることも至難の業だ。そこで、安倍前首相は利益誘導に代わる、より安定的な自民党の支持基盤を構築しようと試みた。そのための方策が、「戦後レジームからの脱却」に代表される保守イデオロギーの強調であり、ブッシュ共和党張りの草の根の保守層の動員であった。ところが、教育基本法の改正や国民投票法の制定を実現した上で、重点施策の第一に「新憲法の制定」を掲げて臨んだ先の参議院選挙において、自民党は無残な敗北を喫した。「戦後レジームからの脱却」という安倍政権のキャッチ・フレーズは有権者の関心を呼ばず、草の根の保守層の動員に失敗したのである。そして、衆参両院の「ねじれ」のなか、安倍前首相は辞任を余儀なくされた。
他方、この参院選で勝利したのは、中道左派に立ち位置を定め、「国民の生活が第一」と訴え、格差問題を強調し、労働組合との結びつきを深めた民主党であった。子ども手当の支給、農業の個別所得補償制度の創設をはじめ、社会的弱者に配慮した政策をマニフェストに盛り込むとともに、小沢代表自ら地方行脚を重ね、有権者に直接訴えかけ、参議院での与野党逆転を実現した。だが、参議院第一党への躍進は、逆説的に民主党を難しい立場に追い込んだ。今国会で法律が一つも成立していないという状況の下、ただひたすらに対決路線を貫くことを困難にしたからである。また、格差対策のための支出を増税ではなく、行政の無駄をなくして捻出(ねんしゅつ)するという主張も、民主党の政権担当能力を疑わせた。しかし、民主党にとってそれ以上に深刻なのは、格差問題してもなお参議院選挙での勝利を一時的に得ただけで、いまだ強固な支持基盤を築くに至っていないという事実だった。参議院の選挙区よりも規模が小さい衆議院の小選挙区は、風が吹きにくい地元密着型の選挙であり、それゆえ次の総選挙での民主党の勝利は至難の業である。
年齢、健康その他の理由から次々回の総選挙を待てない小沢代表は、そうした予想に基づいて、大連立の提案に応じたということであろう。要するに、移り気な無党派層に依存しない、強固な支持基盤を構築するという、ポスト小泉革命の政治的課題を自民党と民主党のいずれもが実現できなかったことこそが、安倍前首相と小沢代表の辞任騒動を引き起こした根本的な原因なのだ。
そもそも、今日の二大政党制の弱点は、それが衆議院選挙の小選挙区制という選挙制度によって、いわば上から作られている点に存在する。保守イデオロギーによって草の根の保守層を動員する安倍自民党も、格差問題を強調して労働組合との結び付く小沢民主党も、支持基盤を異にし、理念をめぐって争う、そうした意味で下からの社会的基盤を併せ持つ二大政党制への新たな段階を切り開こうとするものであった。イギリスでも、アメリカでも、二大政党制は、弱まりつつあるとはいえ、依然として階級や人種といった社会的基盤に立脚している。ところが、日本では政治改革以来、政党間の差異が見えにくくなった結果、国政選挙の投票率が低下するなど、政治的シニシズムが蔓延(まんえん)している。二大政党制のバージョン・アップが求められているのである。
相次ぐ辞任騒動をリーダーシップの問題に矮小(わいしょう)化してはならない。自民党と民主党はそれぞれ、どのように独自の支持基盤を構築し、それと適合的な理念を作り上げていくのか。日本政治が投げかけられているのは、このような二大政党制の新段階に向けての問いではないか。
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