グローバル化の下、アメリカは世界各国に弱肉強食の市場原理を押し付け、労働者を抑圧しているという批判が絶えない。こうした批判は、誤りでないとしても、アメリカのもう一つの重要な側面を見落としている。
貧富の格差が大きいとはいえ、アメリカの労働者は世界的にみて、高い生活水準を享受している。また、労働組合も強力であり、全国組織のAFL―CIOは、民主党の最大の支持団体として、強い政治的影響力を保持している。
最低賃金求める
こうした事情から、アメリカ政府国際公正労働基準という概念を掲げ、賃金と労働条件の向上を世界各国に求めてきた。低い労働コストで作られた他国の製品が、自国の産業と雇用を脅かすことを憂慮したからだ。
このアプローチは、日本に対しても長い間適用されてきた。1955年、日本が世界貿易機関(WTO)の前身のガットに正式加入した際、アメリカ政府が日本政府に対して最低賃金制の導入を働きかけた事実は、その端的な例である。
60年代に入ると、民主党のケネディ政権が、低賃金を是正させるため、日本政府に賃金の共同調査を求めた。現在の連合の結成につながる労働戦線の統一を後押ししたのも、日本の賃金と労働条件を引き上げるためであった。
そして、今日もなお民主党は、WTOをはじめとする貿易協定のなかに、児童労働の禁止など公正な労働基準(社会条項)を盛り込むことを追求している。カナダ、メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)には、労働に関する補完協定が存在する。
こうしたアメリカの動きを隠れた保護主義と批判する向きもあるが、それは誤った見方だ。他国の労働者の生活水準の引き上げを通じて、自国の産業と雇用を守る。それは「開かれた国益」として評価されるべきであろう。
グローバル化は、「底辺への競争」を引き起こしているといわれる。つまり、世界各国は、国際競争力を維持・強化し、海外からの直接投資を誘致するために、賃金や労働条件の切り下げ競争を余儀なくされている。
この「底辺への競争」を打破するには、WTOなどの貿易の枠組みに社会条項を導入していくことが有効である。公正なグローバル化に向けて、悪しきグローバル化の元凶とされるアメリカに学ぶべきことは少なくない。
社会条項は国益
そこで、日本である。日本政府は従来、欧米諸国が保護主義に走ることへの懸念から、貿易協定に社会条項を盛り込むことに消極的な態度をとってきた。しかし、そうした態度は、今や日本の国益に合致しない。
なぜなら日本も「底辺への競争」に巻き込まれているからだ。もし日本国内で賃金や労働条件を引き上げれば、企業は安い人件費を求めて海外に工場を移転してしまう。労働コストは、国際競争力の観点から抑制されている。
戦後最長の好景気にもかかわらず、非正規雇用が増大し、賃金が改善しない一因は、ここにある。この国際競争力の制約から逃れるには、自国と他国の賃金と労働条件を同時並行的に引き上げていくしかない。
今年のG8サミットの採択文書では、二国間・多国間の貿易協定において、結社の自由や強制労働の禁止など、国際労働機関(ILO)の中核的労働基準を尊重すべきことが謳われた。日本政府はこれを重く受け止めるべきだ。
日本政府は現在、自由貿易協定(FTA)の締結を推進しているが、そこに社会条項を盛り込むべきではないか。社会条項を欠いたFTAは、締結国の間で「底辺への競争」を惹起し、それぞれの国内の貧富の格差を拡大させかねない。
それが危惧されるのは、アジア地域では、ILOの中核的労働基準すら順守していない国が少なくないからだ。例えば、「世界の工場」の中国では、労働組合は共産党の指導下に置かれ、結社の自由さえ保障されていない。
もちろん他国に公正な労働基準を求めれば、自らにも跳ね返ってくる。日本は中核的労働基準を定めるILOの8条約のうち、二つを批准していない。日本政府はそれを真摯に反省し、公正なグローバル化の先導者となるべきだ。
日本では現在、格差が政治課題となっている。だが、それを国内的文脈のみで語ってはならない。グローバル化の下での「底辺への競争」をいかに逆転させるか。そのために日本ができることは、決して少なくない。
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