ガソリン価格の高騰が運輸・流通や家計を直撃する中、暫定税率継続の是非が政治争点となっている。価格の相当部分を占める税のうち、「暫定」の名の下に長期にわたり加重され、道路特定財源を潤してきた部分を、この際廃止か一般財源化すべきだと野党は主張する。
他方、与党は、道路整備継続の必要性に加え、価格の引き下げは地球温暖化防止という環境政策の観点からも問題であるとしている。ガソリン消費増にもつながりうる道路整備のための税金を、環境を理由として擁護する与党の議論には筋が通っていない。しかし、化石燃料の消費削減が必要であること自体は否定できないであろう。
排出権をめぐる議論
温暖化対策の切り札の一つとされる排出権取引は、EU(欧州連合)ですでに制度化されている。これについて岡敏弘は昨秋、EU方式では、排出削減はほとんど進まないと主張した(「排出権取引の幻想」世界2007年11月号)。排出権取引制度では、各生産施設に排出可能な二酸化炭素量が割り当てられ、それを超える場合には他から排出権を買わねばならないが、余った分は他に売ることができる。これによって、環境に優しい生産施設を優遇するというのが制度の趣旨である。
しかし、問題は、割り当ての仕方である。岡によれば、EU方式では排出限度を決める際に実績を重視するため、「過去に多く出していた者ほど有利になる」。すなわち、効率の悪い施設が多くの排出権を認められてしまい、不合理な結果につながる。風力等の代替エネルギーに移行しても、排出権を失うだけで、メリットがないため、そうした動機付けも生まれにくいとした。
岡論文をめぐる最近の座談会(1)で、新澤秀則は、岡が指摘する問題点の存在は認めるが、それが「実効性を完全に失わせるほどのものかどうかまだ明らかになっていない」とする。より効果的に生産できる施設に排出枠を回して全体を効率化するという排出権取引論について、岡は、貿易を自由化すれば資源配分が最適化するという「新古典派の貿易理論」に似ていると言う。その上で、そうした「静学的効率性」で得られる効率よりも、環境に優しい技術の開発など、技術変化がもたらす「動学的効率性」の方がはるかに大きいと主張するが、新澤は、確定的なことは言えないと反論している。
EU方式を導入しなくても、日本では業界ごとの「自主行動計画」、すなわち業界の自主努力で削減が進みつつあるという岡の論点に対しては、植田和弘が、それは日本型の「ムラ社会の手法」にすぎず、外資が多く参入するグローバル経済の時代には通用しないとする。こうした議論を通じて、排出権取引の制度づくりには、なお課題が多いことが浮き彫りになっている。
排出権取引と並んでしばしば言及されるのが、排出に税を課す炭素税方式である。橋爪大三郎は、そうした課税に加え、取引・規制を組み合わせて市場を誘導し、国内の排出量を規制する国家機関としての「炭素委員会」の創設を提唱している(2)。炭素委員会は、各経済主体に排出量を割り当て、排出に課税し、それを超えた排出を規制すると共に、排出権の取引を円滑化させるための施策を行う、と言う。さらに各国は協定を結び、「ただ乗り」「ぬけがけ」ができない国際的な枠組みをつくる。興味深いことに、橋爪は、これが「統制経済」の構想であると明言している。市場経済を制約し、20世紀前半の総力戦の時代に似た配給的な体制を導入しなければ、大幅な排出の切り詰めはできないという判断がその背景にあるようだ。
できることは何か
これに対して、温暖化防止のような環境圧力の高まりを、市場競争における一種の好機と見なす議論もある。先の座談会でも、排出権取引につき、「日本の中ではいわゆる製造業が強く反対して」いる半面、金融機関が関心を持っていること、すなわち排出権に「金融商品」としての魅力を見いだしている人々の存在が指摘されている。金子勝は、G8サミットなどでヨーロッパが環境問題を最大の争点とする背景に、「ロシアの資源ナショナリズムを防ぐ」という意図に加え、「新しいエネルギー産業革命」を通じて、「ヨーロッパ経済の優位性を獲得しようとする」思惑があるとする(3)。
一方、田中直毅は、サブプライムローンの破綻(はたん)による経済危機を受けて、日本にチャンスが巡ってきたと主張する(4)。アメリカは、日本の公共事業と同様の文脈で、住宅融資に景気対策の役割を与えてきた。それが限界を露呈し、中国やブラジルなども十分に安定的な投資先とは言えないので、もはやアメリカには有力な投資先はない。そうした中で、温暖化防止や省エネなどの分野で技術的な優位性がある日本は、「低炭素社会の構築という目標」に沿って生産を再構築できれば、その将来は明るいと言うのである。
こうして見ると、温暖化対策をめぐる現在の議論の幅は、解決の鍵を自由な交換、権力、テクノロジーのいずれに主として求めるかにかかわると言えよう。市場・国家・技術のどれが社会のあり方を決めるのかという、近代に一般的な対立構図がここにある。京都議定書の定める排出削減の約束期間に入った今年、私たちにできることは何か、徹底した議論が求められている。
今月の注目論文
- 岡敏弘、新澤秀則、植田和弘「排出権取引は幻想か」(世界2月号)
- 橋爪大三郎「『炭素会計』が、温暖化対策の切り札だ」(論座2月号)
- 金子勝「国家原理に行き着いたグローバリズム」(情況1・2月号)
- 田中直毅「危機後の世界で覇権を握るのは誰か」(中央公論2月号)
- 野口雅弘「デゴマーク以後」(現代思想1月号)
- 川口マーン惠美「ドイツ版『三丁目の夕日』は、東独への歪んだ“郷愁”」(諸君!2月号)
- 植田康夫、清田義昭、松田哲夫「苦境に立つ出版界とケータイ小説の新たな市場」(創2月号)
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