「儲け」一辺倒を脱するには「政治」を
就職を間近に控えた学生に「企業はだれのものか」と質問すると、10年ほど前までは従業員とか取引先あるいは消費者や経営者および銀行など多様な答えが返ってきた。しかし、最近ではほとんどの学生が株主と答えるようになった。確かに、株主は役員の選任や配当の決定に関し総会で一株一票の投票権を行使できる。過半数の株式を取得すれば実質的な経営権の獲得も可能だ。こうした株主の「権力」はアメリカにおいては頻繁に発揮されてきたが、日本やヨーッロッパでもグループ企業による株式持ち合いの解消などに伴い急速に強まりはじめているという。
背景には、個人投資家から資金の運用を委託されたファンドマネジャー(年金基金などの資産運用者)によるアメリカ的な企業統治の拡大がある。経営者は「株主全員のために働く熱心な奉仕人」に徹し、高い配当と株価の値上げに務めるべきだと迫る一方で、「金融の権力」に従えば経営者もストックオプション(株の値上がり益を得られる権利)によって株牛と利益を共有できると誘惑するのだ。
本書の原題である「トータル・キャプタリズム」とは、儲けることを唯一の目的にしたアメリカ的な企業統治が、企業経営だけえなく、「教育や医療といった公共部門にまで」浸透していることを表している。ただ、株主本位の企業統治には批判的な著者も経済システムとしての資本主義の評価については「人類全体に経済成長の恩恵をもたらしてきた」と肯定的だ。その意味で、著者は資本主義が地球規模で蔓延することに反対を唱える反グローバリズムや反市場主義とは一線を画している。
現在はフランスの投資銀行家として活躍している著者は、金融資本主義の世界的普及が深刻な環境破壊や格差拡大を引き起こす前に、どうすれば市民社会と共存できるシステムに変革できるかと問う。著者の示す解決策は「政治の領域に市場を再び含有させ」ることだ。かつてフランス社会党政権下で官房副長官を務めた経験もあるだけに説得的な主張である。
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