中流層の崩壊現場を歩き、真偽を検証
06年2月、「分裂にっぽん」の連載が朝日新聞で始まった。格差はどこにでもあり悪いことではない、と小泉元首相が国会で発言した直後である。政権誕生から5年近くを経ても、なお人気が高かった小泉改革の影を抉(えぐ)り出す企画には、社内でも異論が多かったという。そうした逆風に抗して、本書の取材班が真っ先に足を運んだのは戦後日本経済の奇跡を生み、社会の安定を支えてきた中流層の崩壊現場だった。まかり通る格差肯定論の真偽を検証し、日本の分裂と二極化し始めた階層の固定化に歯止めをかけることこそ、「新聞記者の本分」と直感したからである。
資本主義の歴史を紐解(ひもと)けば明らかなように、政府が公的な保障や規制を講じて高齢者や障害者などの弱者、および労働者の権利確保に努めてきたのは、際限なく利潤を求める資本の論理から人々の生活を守るためであり、企業の競争力を削ぐためではなかった。その成果として誕生した「分厚い中流層」が、戦後日本においても「情緒豊かで平和な社会」を支えてきたのではないだろうか。
ケインズ研究で有名な経済学者の伊東光晴氏によれば、政策評価で重要なことは「観念よりも事実である」。その言葉通り、取材班は日本だけではなく世界中で進行している「分裂」の現場に直接出向き、取材を重ね、多くの事実を発掘することによって、強者の富はいずれ貧しい弱者に滴り落ちるという観念的なトリクルダウン説への反証を試みたのである。
連載時の編集局長だった外岡秀俊氏が本書のはじめで指摘するように、「この本に、『格差』拡大への最終処方箋が書かれているわけではない」。しかし、「まず現場に向かえ」というジャーナリストの「鉄則」に徹した取材の結晶が、日本社会の実態を知る「最新の診断書」であることは間違いない。小泉政権時代には想像できなかった格差問題への関心の高まりを見ていると、当時の連載を興奮しながら読んでいた評者より、読み過ごした読者のほうがずっと現実感をもって本書を読めるかもしれない。
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