天才的学者の思想の「総合」に挑戦
1883年。マルクスが没し、20世紀を代表する2人の経済学者ケインズとシュンペーターが誕生した。理論よりも政策を重視するケインズは、大不況に苦しむ大量の失業者を救済するために、50歳を過ぎてから主著『一般理論』を著しケンブリッジの伝統的な経済思想に反旗を翻した。これに対し、理論と政策を峻別(しゅんべつ)し「『理論』が『政策』に利用される危険性を熟知していた」シュンペーターは、大不況といえども「不況はイノベーションが創り出した新事態に対する経済システムの『適応過程』と」静観を続け、30歳前に完成していた『経済発展の理論』の思想を堅持したのである。
目前の難題を解決するためには自分を育ててくれた思想を捨てることも厭(いと)わないケインズと、目前の現象に惑わされることなく「一世紀といえども『短期』である」と言って、資本主義の歴史と本質を見抜こうとしたシュンペーターとでは、「そもそも『経済学』という学問をどのように捉えるかという肝心の点について」見方が違っていたと、現代経済思想史を専門とする著者はいう。
ただ、大学院時代に「そろそろわれわれも紋切り型のケインズ対シュムペーターという問題の立て方から脱すべき時期にきているのではなかろうか」(『ケインズから現代へ』日本評論社)と問題提起をしていた著者は、それから20年近くを経た本書で、吉川洋氏(『構造改革と日本経済』岩波書店)が唱えるケインズの有効需要とシュンペーターのイノベーションの「好循環」に2人の学説の「総合」を求める。
「一世紀に一人か二人しか出ないほどの天才的経済学者の『思想』は、そうたやすく死ぬものではない」と思いを語る著者が、2人の思想を「総合」しようとする試みは評価できる。しかし、両雄は並び立たないことも忘れてはならない。著者も景気が後退に向かう局面では、2人の理解が「全く異なる」と指摘している。啓蒙書で「総合」に挑戦するのは2人の思想を知り尽くした著者にとっても、容易ではないように思われる。
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