前FRB議長が振り返る18年
グリーンスパンが米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めた87年8月から06年1月までの18年強は、アメリカ経済が70年代以降の長期停滞を脱し復活を遂げた時期でもある。ブラックマンデーをはじめ、東西ドイツの壁の崩壊、9・11テロなど、さまざまな危機に見舞われながらも「波乱の時代」を乗り切った背景には、FRBの巧みな市場操作よりも、アメリカ経済の回復力に対するグリーンスパンの信頼があった。
グリーンスパンによれば、アメリカ的な市場資本主義を活かすためにFRBが果たすべき役割は物価安定に尽きる。これに対し選挙区への配慮から雇用を優先する議会は、足元の景気後退を招く金利引き上げには常に抵抗してきた。こうした抵抗がグリーンスパンの在任中にほとんど見られなかったのは、グローバル化に伴う競争市場への膨大な労働力参入によって「ディスインフレ圧力が生まれ」、「『ブレーキに軽くふれる』だけで」インフレを抑制できたからだ。
しかし、幸運はいつまでも続かない。その兆候は「中国からの輸入価格」上昇に現れており、労働力の参入が一段落して「ディスインフレ圧力が緩和すれば、アメリカ国内の物価上昇率と賃金上昇率が上向く」恐れがあるとグリーンスパンはいう。そうなれば物価安定をめざすFRBと議会の利害は対立し、議会の抵抗にFRBが屈するとアメリカ経済はスタグフレーションに陥ってしまうとグリーンスパンは懸念を示すのだ。
本書の邦訳を機に18年強に及ぶグリーンスパンの舵取りを高く評価する声も多いが、評者には少なからず異論がある。それは、昨年来のサブプライム(低所得者向け住宅ローン)問題の主因である住宅バブルの引き金をひいたのも、また、根拠なき熱狂ではないかと警告しながら株価の高騰を放置してきたのもグリーンスパン時代のFRBだからだ。本書はグリーンスパンの素顔と考えを知る回顧録としては価値ある一冊だ。しかし、その政策と分析を評価するには改めて第三者の判断と歴史の審判が必要である。
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