増税隠しを見破る眼力を訴える
著者は82年から06年まで24年間にわたり政府税制調査会(以下、税調と略す)の委員を務め、最後の6年間は会長職にあった。増税論議の必要性を説いた『税制改革の渦中にあって』で、著者が再三強調しているのは、増税は「国民が決めるべき問題であり」、その眼力を子どもの頃から養う租税教育の重要性である。「社会にとって税金とは一体何か」の知識が国民になければ、税調が「公正、中立、簡素」の原則に基づき「社会的インフラたる税制」の改革を提言しても、選挙のたびに「増税隠しに走」る政治家の甘言に弄(ろう)されてしまうからだ。
アメリカのように自助努力をベースにした「低福祉・低負担の仕組みを志向する」なら話は別だが、現状程度の安心と安全を国民が望むなら、それに見合う負担をすべきだと著者は主張する。税制改革の目的がかつての減税や増減税一体から増税に転じた今日、「選挙を気にすることもなく、誰に迎合しなくてもいい立場で」増税の選択肢を示すことが税調に課せられた使命だというのだ。
「増税請負人」の悪役を著者があえて演じてきたのも、選挙目当てに流布される「甘い選択肢に惑わされず」、国民が正面から増税論議に参加することを期待したからだ。しかし、上げ潮路線を掲げる安倍前政権の誕生によって、増税イメージの強かった著者の税調会長再任は結果的に官邸に阻まれ、代わりに成長重視派と目されていた本間正明氏が新しい税調会長に就任した。誤解がないように付言すれば、著者は当時「本間君は頑張ってくれる」とエールを送っていた。ただ増税派と成長派に関係者を二分するマスコミの報道姿勢や、増税を争点にすれば選挙に負けるというトラウマが「色濃く残って」いる「政治の世界」については同書においても強く批判しており、「在任中には消費税を上げない」と発言した小泉元首相にも、「政治的にタブー化した消費税を避けようとする本能的な姿勢があった」と著者はいう。
短期的な政策要請から、理想的な租税原則が次々と歪められる過程を眺めてきた著者にとって、税調会長の職務は失われた原則を取り戻す格好のチャンスだったはずだ。それにもかかわらず、道半ばで退いた際に「これでやっと、静かな学究の生活に戻れます」と著者は淡々と述べた。その言葉どおり、会長退任後わずか1年余りで800ページ近い大著『現代税制改革史』を書き上げたのだ。同書は副題にあるとおり「終戦からバブル崩壊まで」の半世紀以上を射程に入れた壮大な「戦後日本の税制改革史」である。税調会長時代の熱い思いを語った『――渦中にあって』と併せて読めば、著者の税制改革に対する情熱と専門家としての矜持(きょうじ)が伝わってくる。
税調会長の報酬を返上し「国のためにタダで働いた」著者は、現在の赤字と将来の財源を考えれば、増税を争点にしない政治家は国民を愚弄していると批判する。今こそ国民は、著者の書を紐解き、歳出削減は財政再建の足慣らしに過ぎず、上げ潮路線は「間違っている」ことを見抜くべきではないか。
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