持続可能な発展目指し欲求抑制する議論必要
北海道洞爺湖サミットの主要な議題となった地球温暖化問題は、首脳会合宣言でもうたわれたように「われわれの時代の重大な地球規模の挑戦の一つである」。それは石油や石炭などの化石燃料の消費によって排出される温室効果ガスが、累積的かつ不可逆的な影響を地球環境に及ぼすからだ。自然の処理能力を超える温室効果ガスの排出は、一方的に大気中の二酸化炭素濃度を高め、その結果生じる平均気温の上昇は、われわれの世代が消費量と排出量を削減しない限り止めることはできない。
絶対的な貧困に苦しんでいる途上国の人々を救い、中国やインドをはじめとする新興工業国で働く人々に今日よりも明日が豊かになる夢を与え、先進国で生活不安に悩む人々に安心できるセーフティーネットを提供するために、経済成長がきわめて有効な手段であることに異論はない。しかし、「経済とは無限に生長していけるものなのだろうか」とケンブリッジ大学教授のダスグプタはユニークな入門書「1冊でわかる 経済学」で問う。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によれば、大気中の二酸化炭素濃度は産業革命が起こる18世紀初めまでの11000年間は280ppmで安定していた。それが、先進国を中心とするわずか300年の経済成長で380ppmまで上昇したという。現在のペースで経済が拡大し化石燃料の消費量も増え続ければ今世紀末には750ppmに達し、地球の平均気温は3〜7度も上昇する恐れがある。そうなれば「生物圏は、地球が何百万年も経験したこともない気候帯に突入する」と言って、ダスグプタは環境への配慮を欠いた成長主義の蔓延に懸念を示すのだ。
地球の未来を考えるなら、持続可能な経済発展を目指すベきだとダスグプタは主張する。持続可能な発展は1987年のブルン卜ラント委員会で示された概念だが、同書では理念的な解説に止まらず、具体的な実現策にまで踏み込んだ提言が行われている。世代間の公平性という観点から見れば、GDP(国内総生産)は現在世代の必要に加え欲望がどれだけ満たされているかを現す統計であり、自然環境や枯渇資源を含めた各種の資産と社会の制度から成る生産的基盤は、将来世代にどれだけの可能性が残されているかを示す指標である。ダスグプタは経済が成長しているときでも「生産的基盤が縮小している」ことがあると指摘したうえで、現在世代の利益を優先する成長が、持続的な発展に不可欠な生産的基盤の維持を阻害しないようにと釘を刺す。
しかし、頭で理解しても、心で納得しなければ実行できないのが人間の性だとすれば、経済学者の分析だけで現在世代の成長欲を抑えることは難しい。哲学者の岩田靖夫氏は「いま哲学とはなにか」で、人間は際限ない成長によって「欲望を限りなく肥大化し、その結果…自分自身と地球の壊滅に近づきつつある」と警告する。壊滅の危機を回避するには「生きるために必要な欲求より以上の欲求を抑制する…これが、昔から論じられつづけてきた正義の問題」だという。持続的な発展の精神を人々の心に定着させるには、古代ギリシアの哲学者プラトンを祖とする正義論も必要なのかもしれない。
(北海道新聞「現代読書灯」2008年10月5日朝刊)
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