「政府対市場」論争再び新資本主義誕生なるか
アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したのは昨年9月15日。その3日前の同12日、ニューヨーク市場の株価はダウ平均で11,422ドル、東京市場は日経平均で12,215円だった。しかし、3週間後の昨年10月10日にはニューヨークで8000ドル割れ、また同28日には東京でも7000円割れと株価は急落した。
慌てたブッシュ米大統領は急遽ワシントンで金融サミット(G20)を開催し共同宣言を採択したが、エコノミストの水野和夫氏は「金融大崩壊」で、「ブッシュ大統領は…失意のうちに2009年1月20日に退任する」のではないかと、昨年末の時点で厳しい展望を示した。
グリーンスパン前FRB(連邦準備制度理事会)議長の「100年に1度あるかないか」の危機という評にも、水野氏はより深刻に「16世紀の資本主義誕生以来の最大の危機」だと反論する。これまでは根本のところで一致していた資本家と国民と国家の利害関係に亀裂が入り始めているのだ。実際、ルービン元財務長官による「強いドル政策」以降、アメリカが1995年から今回の金融危機発生までに「増やした金融資産の額は約100兆ドル、日本円で1京円」に達し、資本家の手元には株価急落で失った「損失を差し引いても有り余るほど」の資産が残っている。その一方で住宅バブルに翻弄された国民は全財産を失っても返済できないほどの借金を抱え、連邦政府も危機対策のために膨大な財政赤字を強いられる見込みだ。
水野氏によればアメリカが構造的な経常収支の赤字を抱えるなかで、ルービン元長官が「強いドルは国益」と言い始めたのは、「投資銀行の考え方をアメリカに当てはめた」からだという。「それまでの経済学の常識」にしたがえば、経常赤字を賄うために海外から流入する資金は対外債務の増加を通して「景気拡大にブレーキ」をかける借金だった。ところがルービン元長官はファンダメンタルズの強いアメリカへの投資と解釈し、経常赤字を上回る資金をグローバルな市場で運用して「キャピタルゲインでリターンを上げる」戦略を採用したのだ。この支援のためにグリーンスパン前議長は意図的にアメリカの住宅バブルを放置したのではないかと水野氏は糾弾する。
金融危機が世界同時不況にまで発展したかつての悪夢を回避するため、各国ではケインズ政策の復活を望む声が日増しに高まっているが、コラムニストのアミティ・シュレーズは「アメリカ大恐慌」で1930年代のニューディール政策を、市場を信頼せずに政府が介入を行ったから「単なる恐慌は大恐慌に変質し」たと批判する。民主党のルーズヴェルトも、共和党のフーヴァーも「ともにアメリカ経済の強さを過小評価していた」というのだ。
70年以上前の政府対市場の政策論争が再燃するなかで、水野氏は過去400年続いた資本主義に替わる、新しい資本主義の誕生に世界経済の未来を託す。危機のたびに登場する短期悲観、長期楽観の構図を前に2009年の日本は経済的にも、政治的にも大転換のときを迎えている。
(北海道新聞「現代読書灯」2009年2月1日朝刊)
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