失政が招いた格差、危機 欲望放任の転換なるか
政府・内閣府の判断によれば、日本の景気は2002年2月から07年10月までの69カ月間拡大を続けていた。期間だけをみるなら高度成長期のいざなぎ景気(57カ月)を抜き戦後最長である。しかし、拡大期間が小泉内閣時代と重なっていた戦後最長の景気によって、生活の向上を実感した国民は極めて少ないように思う。実際、日銀出身のエコノミスト・鈴木淑夫氏は「日本の経済針路」で、「名目雇用者報酬(勤労者所得)は…07年になっても、景気上昇が始まる前の…水準に復していない」、つまり戦後最長の拡大にもかかわらず「勤労者の所得は増えなかった」という。その一方で全労連(全国労働組合総連合)の調査では、民間大企業の経常利益は2001年の28兆円から07年には53兆円とほぼ倍増したのである。
家計と企業の間に「格差を生み出した」主因について、鈴木氏は小泉内閣時代のマクロ経済政策の失敗にあったと指摘する。財政緊縮と金融超緩和のポリシーミックスは「円安を促進して輸出主導の景気回復を実現し」たが、一方で「国民生活は超低金利、円安、輸入インフレによって不利を蒙った」からだ。また鈴木氏の試算によれば、円安で日本の交易条件(輸出価格対輸入価格の比率)が悪化した結果、国民生活の基盤となる07年度のGDI(実質国内総所得)は、政府が景気判断の目安としている同年度のGDP(国内総生産)を全体で21兆円、国民1人あたりで17万円程度も下回ったという。
それだけではない。輸出依存の拡大で日本の産業構造は「海外経済からの衝撃に極めて弱い」体質に変容したと鈴木氏は述べる。世界同時不況で輸出が激減し、08年度の成長率が「戦後63年間で最大のマイナス成長を記録した」のは、その顛末にほかならない。百年に一度の経済危機はアメリカ発だったとしても、危機に弱い日本経済を作ったのは小泉内閣以降の失政だったのだ。
それにもかかわらず、政権交代前の7月に発表された政府の「経済財政白書」では、今回の急速な景気後退の原因を「海外からの大きなショック」に求めるだけで、過去の失政に対する批判も反省も見られない。ここで政府の公式文書だから仕方がないとあきらめるのではなく、政治学者の山口二郎氏が「政権交代論」で言うように、政策失敗の責任は「それを推進した政党が選挙で敗北し、下野することによって」とるという健全な民主政治が、日本でも定着するように国民は自らの権利を積極的に行使するべきなのだ。
鈴木氏は同書で新しく誕生した政権がとるべき政策も提言しているが、筆者としては歴史的な政権交代にふさわしい政策の「大転換」を鳩山内閣に期待したい。そのためには、人間の欲望を放任して資本主義の暴走を看過した新自由主義を単に批判するだけではなく、経済学者の猪木武徳氏が「戦後世界経済史」で語るように「欲望を生かしつつ、その程度と方向を制御できる体制をデザイン」することが必要なのではないか。
(北海道新聞「現代読書灯」2009年10月4日朝刊)
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