社会保障と雇用の連携 文化的生活に向け提言
厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2008年)によれば、57.2%の世帯が生活は苦しい(「大変苦しい」23.5%と「やや苦しい」33.7%の合計)と答えている。苦しい理由の背景には所得の低さや公共サービスにかかる重い負担がある。加えて、夫婦と子ども2人の核家族を標準世帯と呼び、稼ぎ手は正社員の夫、妻は専業主婦という旧態然とした前提で組み立てられてきた日本の社会保障の下では、制度に「包摂」されず逆に「排除」される人が近年急増していると、政治学者の北大大学院教授宮本太郎氏は「生活保障」で指摘する。
実際、現行の公的年金では「労働時間が正社員の四分の三に満たない非正規労働者については雇用主の加入義務がない」ために、パート・アルバイトや派遣労働者の2割前後が「配偶者の厚生年金もふくめていっさいの公的年金に加入していない」。また、同書によれば世帯所得200万円の4人家族で国民健康保険の保険料が50万円を超える大阪の寝屋川市や、保育料(所得税30万円の世帯)が月額5万3500円もかかる夕張市のように、財政力が乏しい自治体では自己負担の重さから、公共サービスを受けられない人も少なくないという。その意味で「排除」される人々を制度的に「包摂」し、負担の軽減や子ども手当の給付で家計を支援するセーフティネットの強化は、生活不安の解消に向けた喫緊の課題といえる。
しかし、社会保障を充実するだけでは「文化的社会の成員たるに値する生活を」保障することは難しいと宮本氏は述べる。生活の支えは「社会保障と雇用が連携し、経済の発展とむすびついて実現される」からだ。ここで宮本氏が経済発展を強調するのは社会保障の財源を持続的に捻出するためであり、成長の手段として人々を雇用に駆り立てるためではない。むしろ宮本氏は職場が「生きる意味と張り合いを見出す」場となるように、正規と非正規に分断された日本の雇用を再構築する必要があると主張する。
公共政策が専門の千葉大教授広井良典氏は「コミュニティを問いなおす」で、雇用の場における分断や核家族の崩壊は「個人の孤立を招き、『生きづらい』社会…生みだす基底的な背景に」なっており、それが年間3万人を超える自殺者を生む要因とも重なっていると、警鐘を鳴らす。広井氏が同書で展望するのは、「ポスト成長の時代」に向けた新しいコミュニティの創造である。そこでは人々の関心が物質よりも「人」に移り、孤立していた人と人の間につながりが生まれると同時に、自然との関係も収奪から共生へと変わるというのだ。
ルポライターの堤未果氏はオバマ誕生後も一向にチェンジしないアメリカの貧困を「ルポ貧困大国アメリカII」で克明にえぐり出すが、その報告はアメリカの後を追う日本の未来を暗示しようとしているわけではない。チェンジすべきは政治家ではなく私たちであり、私たちが変われば社会も変わることを伝えようとしているのである。
(北海道新聞「現代読書灯」2010年2月21日朝刊)
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