社会の危機に乗じ改革 利権狙う強欲さ正当化
これでニューオーリンズの低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた――。ハリケーン・カトリーナによる惨状を前にしてアメリカの共和党下院議員が語った言葉だ。この発言を契機に、被災地のルイジアナ州議会には建設関係のロビイストが群がり始めた。行き場を失った被災者を尻目に、災害処理を市場チャンスと捉える「惨事便乗型資本主義」が公営住宅の再建よりも、公有地を活用した高級マンションの利権を狙って、公の領域に襲撃をかけたのだと「ショック・ドクトリン」でナオミ・クラインが糾弾する。同書によれば、こうした強欲な市場原理を正当化するイデオロギーこそ新自由主義であり、その教祖的存在がケインズ的な福祉国家を批判し続けたシカゴ学派のミルトン・フリードマンだと言う。
フリードマンは「深刻な危機が到来するのを待ち受けては、市民がまだそのショックにたじろいでいる間に公共の管轄事業をこまぎれに分割して民間に売り渡し、『改革』を一気に定着させてしまう」経済的ショック療法のススメを、40年近くにわたり説いてきた。その最初の実践が、もう一つの9・11と言われている1973年9月11日に、ピノチェトがチリで起こした軍事クーデター直後の経済改革だった。ピノチェトはクーデターのショックでチリ国民が混乱してる間に、民営化、規制緩和、貿易の自由化、および福祉・医療・教育予算の削減など、市場原理的な改革をフリードマンのアドバイスにしたがって一気呵成に推進したのだ。
フリードマンにとってショックは改革のエンジンであり、改革のためなら政治的にショックを作り出すことも厭わない。その意味でレーガンが執った航空管制官のストに対する強攻策も、サッチャーによる炭鉱労組との徹底対決も、労働者にショックを与えて権力者(資本の増殖)に有利な雇用の規制緩和を進めたという点で、災害やクーデターと同じショックだったとナオミ・クラインは喝破する。
資本主義に批判的な経済学者デヴィッド・ハーヴェイも「新自由主義」で、新自由主義の「ショック療法」は「当初から階級権力の回復を企図していた」と言う。自由化や流動化といった新自由主義の定番メニューで労働者にもたらされたのは「賃金の引き下げと雇用の不安定化」であり、その一方で大企業には「利益をあげるための無制限の市場的自由」が与えられたと言うのだ。
これに対してフリードマンを支持する八代尚弘氏は「新自由主義の復権」で、「他人の所有地に無断でごみを捨てれば賠償金を請求されるが、これはごみの投棄者と土地の所有者との間での、一種の市場取引である」と述べる。言うまでもなく、ごみの不法投棄は犯罪であり、賠償金は市場で決まる価格ではなく法律に基づく罰金である。八代氏は「新自由主義の思想は、強者が弱者を淘汰するジャングルの掟からはほど遠い」と反論するが、犯罪まで市場原理で決着しようとする新自由主義の思想こそ本来の自由からほど遠い「ジャングルの掟」ではないだろうか。
(北海道新聞「現代読書灯」2011年10月16日朝刊)
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