アメリカ大統領選は予備選の段階で、はやくも大きなヤマ場を迎えている。さる5日、実に全米24の州で、民主党・共和党による予備選挙・党員集会がいっせいに行われた。いわゆる「スーパーチューズデー」である。
価値観を再確認
民主党の候補者レースは大激戦を展開している。ヒラリー・クリントン候補が代議員の数の多いニューヨークやカリフォルニアで勝利したのに対し、バラク・オバマ候補も勝利した州の数では負けていない。史上空前のデットヒートは、まだまだ続きそうだ。
対するに共和党は、ここに来て本命に躍り出たジョン・マケイン候補が、ライバルであるミット・ロムニー候補とマイク・ハッカビー候補をリードした。マケイン候補の優位が次第に確立し、ロムニー候補は撤退に追い込まれた。
アメリカ大統領選は、1年という長期間と、多大な人的・金銭的エネルギーを投入して行われる、「アメリカとは何を価値とする国なのか」を確認する作業である。一人の人物の選択を通じて、アメリカの自己イメージと政策を再検討するのが、その課題となる。
それでは、今年の大統領選を通じて、アメリカ国民はいかなる自己確認をしているのか。
「全体の代表」強調
民主党について言えば、クリントン候補であれば初の女性大統領、オバマ候補であれば初の黒人大統領ということになるが、そのこと自体、もはやあまり問題とされていないように見えるのが印象的である。2人の候補者とも、自分が特定集団ではなく、あくまでアメリカ全体を代表していることを意図的に強調している。
この点がとくに顕著なのがオバマ候補である。彼は「希望」をキーワードに、分断したアメリカ社会の統合を訴え、とりわけ若者の支持を集めている。クリントン候補も、一時採用した、オバマ候補の経験不足を攻撃する戦略が反発を受けたこともあり、むしろ民主党のリベラルな価値の共有を前提に、国民の一体感を演出しようとしている。
共和党について言えば、あるいはブッシュ大統領によるイラク戦争の失敗によって、「保守とは何か」という、保守の定義をめぐる争いも予想された。いわゆるネオコンが、「新保守主義者」という名称にもかかわらず、あまりにも「過激」であったためである。ロムニー候補やハッカビー候補が、ブッシュ大統領の掘り起こした宗教右派勢力を取り込もうとしていることも、「保守とは何か」をめぐる争いを激化させるかと思われた。
ところが今までのところ、穏健で安定感のあるマケイン候補にもっとも支持が集まっている。対外政策や宗教問題に関して、過激な主張によって保守を分裂させるよりも、とりあえず保守の一本化を選ぶ判断が先行しているようだ。
「イラク」論じず
微妙に影響を及ぼしているのが、イラク戦争である。本来、ブッシュ大統領の失政が、より大きな選挙の焦点になることもありえたはずである。しかしながら、イラク情勢の改善が報道されていることもあり、この問題は熱い争点とならないようである。あるいは、そうしたくない社会心理があるのかもしれない。
そうでなければ、安全保障の専門家であり、ブッシュ大統領の政策を支持したマケイン候補が優位に立つということも、ありえなかったろう。
オバマ候補も、戦争を支持したクリントン候補に対する批判をほのめかしつつ、微妙に抑制している様子が見て取れる。
9・11のテロからイラク戦争に至る激動によって、国内に分断が目立つアメリカ社会に、いかに統一を取り戻すか。いかに社会への信頼感を回復するか。オバマ候補は若さによる「希望」と「変革」を訴え、クリントン候補とマケイン候補は経験に裏づけされた安心感を強調する。
サブプライム問題に端を発するアメリカ経済の危機回避も緊急の課題ではある。しかしながら、現在までの関心はむしろ、経済政策論争ではなく、分裂からの回復をもっともよく象徴する人物探しに向けられているようだ。
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