国民投票法が成立し、安倍首相は憲法改正を参議院選挙の争点にすると、妙に力んでいる。自民党内からも憲法の争点化に対する慎重論が聞こえてくるが、安倍首相は自分にとっての年来のテーマである憲法にこだわることが国民の支持を集める秘訣であるとでも思っているのだろう。何をとち狂ったのかといいたくなる。安倍の憲法論の浅薄さを野党がきちんと批判し、明確な対立構図を作ることができれば、国民も安倍流改憲について行くほど愚かではないであろう。
改憲に熱心な読売新聞社は毎年春に国民の憲法意識に関する調査を行っている。今年三月の調査では、憲法改正についての全般的な態度として、改正に賛成する者が46%、反対する者が39%であった。改憲派が多数のように見えるが、昨年の同じ調査に比べると改憲派が9ポイント減り、護憲派が7ポイント増えている。特に9条に限ってみれば、国民は依然として圧倒的に9条を支持していることが分る。9条1項の戦争放棄の条文を変える必要があると答えたのはわずか14%で80%が変える必要がないと答えている。また、2項の戦力不保持の条文については、変える必要があると答えたのは38%で、ないと答えたのが54%であった。国民が憲法改正に前向きとは言っても、それは極めて漠然とした気分であり、具体的にたとえば9条を変えたいと思っている人はわずかでしかない。世論の全体状況については、我々は自信を持ってよいであろう。
ただし、漠然とした改憲気分だからこそ、安倍のお粗末な改憲論に流される危険性があることにも、注意する必要がある。この危険を防ぐためには、集団的自衛権解禁に向けた有識者懇談会の動きとあわせて、安倍の憲法論の虚妄を徹底的に批判することが必要である。安倍は、現在の憲法について占領軍の素人が急ごしらえで作ったことを改憲の理由に挙げている。そういう安倍自身は、国家の憲法と小学校の「生活の目当て」の区別もつかないド素人である。お気に入りの連中を集めた懇談会で、急ごしらえで9条の解釈を変更し集団的自衛権を認めるというのは、まさに立憲主義を理解しない素人の仕業である。美しい国の憲法を自分で作りたいというなら、どこかの小学校の児童会のお約束でも作っていろと言いたい。
気がかりなのは民主党の対応である。憲法よりも生活という問題認識には、全面的に賛成である。しかし、中立性を欠いたメディアは、そのような対応を憲法論争からの逃避と冷笑し、憲法をめぐる内部分裂を回避していると論評している。民主党に安倍と同じような改憲派がいることは事実だが、多数は立憲主義や民主主義の原則を守るという立場であろう。仮に将来憲法を手直しするとしても、戦後レジームの精神や価値観を継承、発展させるという態度を明確にできないならば、冒頭に紹介した憲法を支持する多数の国民にとっては行き場がなくなる。また、そのときには民主党は日本政治における存在理由を失うに違いない。党内右派の跳ね上がりを恐れている場合ではない。安倍政権と同じような改憲派には出て行ってもらうくらいの気迫が必要である。これから2か月足らずの間、まさに正面からの論争が期待されている。
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