参議院選挙前の通常国会としては異例の会期延長が決まり、与野党の攻防が続いている。年金問題に関する世論の沸騰の前に、安倍政権と自民党の周章狼狽ぶりは無様というほかない。国民の怒りを恐れてうろたえているはずだが、民主主義のルールを無視する傲慢さは相変わらずである。国会終盤での強行採決の連発はあまりにも異様である。安倍首相本人は、「僕何か悪いことしてる?」とでも言いたいのだろう。安倍をはじめとする与党の政治家に、議会政治とは何かを改めて説かなければならない。
国会が単なる多数決の場に堕するならば、議会政治は消滅する。最終的に多数決で意思決定を行うのは当然である。しかし、国会議員は法案について吟味し、議論するために存在するのである。政府・与党が進める政策についてどこに問題があるかを野党が追及し、国民に十分な情報を提供することは、国会の重要な役割である。重要な法案を衆議院のたった一日の審議で通過させるなどということは、議会を否定する所業である。
また、年金法案の強行採決に抗議して厚生労働委員長を羽交い絞めにした民主党の内山晃議員に対して衆議院は登院停止30日の懲罰を決定したが、これは数の暴力などという生易しいものではなく、ファシズムへの一歩である。長年日本の政治を見てきた者にとっては、あの程度の実力行使で議員を懲罰にかけるなどということは、信じられない。今までの国会の常識では、委員長を席から排除することは、野党の抗議行動の一環として許容されてきた。議員の登院停止30日という処分は、その議員を選んだ民意をも1か月間国会から排除するという決定である。これは多数決によっても簡単に決められる事柄ではない。いかに多数を握る与党といえでも、野党が代表する民意の存在自体を否定することは許されないはずである。自公体制の本質がまたひとつあらわになったということができる。
強行採決といえば、安倍が尊敬する岸信介を思い出す。一九六〇年の安保国会において、新安保条約の承認を衆議院において強行採決した。これを機に安保反対の世論は急速に盛り上がり、市民による空前の抗議行動が起こった。強行採決は、岸の反民主的本質を現した事件であり、国民は安保条約そのものへの反対というよりも、岸が推し進める戦後民主主義の破壊を食い止めようとして、抗議デモを行ったのである。
安倍は、岸の議会政治観をも受け継いでいるようである。ただし、彼は自信と能力を欠いて、表面的にだけ強いリーダーシップをまねしようとしている。しかし、無理を通して道理を引っ込ませることは、強いリーダーシップではなく、単なる強がりである。本当に自信を持ったリーダーなら、野党や世論の批判を謙虚に聞き、自分の考えを丁寧に説明するはずである。今の安倍政権のおたおたした傲慢さは、安倍首相の自信の欠如の表れであり、政権の弱さの反映である。
今回の参院選は、民主政治を守るという観点から見れば、60年安保に匹敵する重大な意義を持っている。国政選挙がなかった60年と違い、今回は投票によって岸の亡霊を葬ることができる。今こそ安倍の強権政治にレッドカードを突きつける時である。
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