加藤紘一氏から、近著『強いリベラル』(文芸春秋)を贈っていただいた。テロに屈しない民主政治家としての筋の通し方といい、新自由主義に対抗するコミュニティ重視の社会経済政策といい、良心の叫びとも言うべき本である。こんな政治家が指導者となるような政党があれば、喜んで投票するのにと思ったのは、私一人ではないであろう。
しかし、残念ながら自民党の中では加藤氏は孤立している。小泉政権末期、私が対談した際には、加藤氏は自民党の中の良識派が再び力を取り戻し、党内での擬似政権交代によって政治に正気を取り戻すことができるという展望を示していたように記憶する。しかし、仮に自民党がこの参議院選挙で大敗しても、今の自民党には安倍を引きずりおろして、自民党をまともな方向に戻そうという気概を持った対抗勢力は存在しない。擬似政権交代によって政権の延命を図るという知恵も、今の自民党からは消え失せている。もし、選挙後に安倍が退陣し、世間で言われるように麻生太郎外相が首相になっても、それは擬似政権交代とさえ言えない、単なる政権のたらいまわしである。
各紙の世論調査は、29日投票の参議院選挙において自民党が大敗し、与党が過半数を大きく割り込むことになるだろうと予想している。安倍政権の暴走を批判してきた者にとっては、とりあえず望ましい展開である。ただし、与党過半数割れは憲法改正などの悪政を食い止めるための最低限の必要条件である。そこから必然的に、たとえば加藤氏のいうリベラル路線のような望ましい政治への道筋が開けてくるわけではない。選挙で大勝した民主党にしても、自民党からなりふり構わぬ多数派工作を仕掛けられれば、内部に様々な動揺が走るであろう。
自民党にも加藤氏のような優れた政治家がいる。民主党にも、従軍慰安婦に対する政府の関与はなかったなどという恥ずべき意見広告に名を連ねるような愚劣な政治家がいる。普通に考えれば、政党再編成が必要だということになる。
民主党の側には、折角自民党を追い込んだのだから、党が割れるようなことは避けたいという意向があるに違いない。もちろん、一致結束したまま自民党を追い詰め、政権交代にまで到達できればそれが最も望ましい。しかし、党の結束を優先するあまり、重要な政策争点について党としての明確な見解を示せないとすれば、民主党は95年の参院選で大勝したもののその後1年余りで瓦解した新進党の轍を踏むことになるであろう。新進党の場合、見せ掛けの結束を保とうとするあまり、政策議論を封印し、結局議員の相互理解を作れないままに終わった。
たとえば、集団的自衛権という重要問題がある。この秋には安倍首相の設けた有識者会議が結論を出し、集団的自衛権の行使を認めるよう政府見解を変更するという動きが始まりそうである。既に本欄でも述べたように、安倍政権のこうしたやり口は、憲法の破壊に他ならない。党内にいる集団的自衛権賛成派が飛び出すことも辞さないくらいの決意で、民主党はこの点で安倍と対決すべきである。そうすることによって、民主党には政策的軸が立ち、政策本位の再編成へ道も開けてくるであろう。
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