通常国会が始まり、来年度予算と関連法案をめぐる論戦に政治の焦点は移った。臨時国会では、国民生活に関係のないテロ対策新法が最大の争点であり、与野党がそれぞれの主張をぶつけ合うだけでも、実害はなかった。むしろ、一度海上自衛隊がインド洋から撤収することで、政府の言う国際貢献がいかに空虚なものか、学習することができた。ねじれ国会において法案がなかなか成立しないことにも、大きな効用があったと言わなければならない。
しかし、通常国会での論戦では、与野党が自説を言いっぱなしというわけにいかない。新年度の行政を円滑に進めるためには、今年度内に予算と関連法案を成立させなければならないからである。本来であれば、予算や税制をめぐる論戦を通して、自民党と民主党が自らの政権構想を戦わせ、国民の前に選択肢を提示し、次の総選挙に向けて有意義な戦いを繰り広げるという展開が望ましい。しかし、政治は理屈通りにはいかないものである。
最近、親しい官僚や新聞記者と、民主党が政権を取っても大丈夫だろうかという話をすることが多い。私は今年の年賀状に、「何はともあれ政権交代」と書いたくらい、政権交代に対する強い思いを持っている。しかし、今では、「民主党が政権を取ると世の中大混乱が起こるかも知れない。この私が心配するくらいだから、事態は深刻だ」と、弱気なことを言うようになった。その理由は、民主党の政策論議の頼りなさにある。
この国会の最大の争点は、揮発油税の暫定税率を維持するか、廃止するかという点である。民主党は暫定税率を廃止してガソリン価格を1リットルあたり25円引き下げることを通常国会の最大の公約にしている。この主張を聞いていると朝三暮四という中国の故事を思い出す。王様が飼っている猿に、トチの実を朝3個、夕方4個与えると猿は少ないと起こり、朝4個、夕方3個与えると喜んだという話である。
民主党はその政権構想、「マグナカルタ」において、環境を軸にすべての政策を見直すことを宣言したはずである。この路線と暫定税率廃止はどのようにつながるのであろうか。仮に石油価格高騰に悩む国民のために緊急対策としてガソリン価格を引き下げるとしても、将来環境税や炭素税という視点から石油をめぐる税制をどうするかを語らなければ、政権を目指す政党とは言えない。ガソリンの値下がりは、参議院の与野党逆転がもたらす目に見える成果になるかも知れない。しかし、これはあくまで局地戦のテーマである。ガソリン問題で解散総選挙に追い込むというのは、戦術と戦略を取り違えた議論である。
昨年の参議院選挙では、国民は民主党の言う「生活第一」というスローガンに期待して、民主党を参議院第1党に押し上げたのである。しかし、臨時国会ではテロ特措法を最大の争点にしてしまい、通常国会ではガソリン問題に過度に集中してしまい、生活第一の全体像がいっこうに深まっていない。このような状況が続けば、民主党政権に対する期待も広がらないであろう。
私は、研究費を使って昨年11月末に全国で約千五百サンプルの世論調査を行った。詳しい紹介は別の機会に行うつもりだが、これからの政党政治を考える上できわめて興味深い現実が浮かび上がった。
たとえば、これからの生活のイメージを尋ねる問いに対して、安心、おおよそ安心という楽観派が全体では28%、不安、やや不安という悲観派が71%であった。政党支持とクロスさせてみると、自民党支持者では楽観派が39%で、悲観派が59%だったのに対して、民主党支持者では悲観派が78%で楽観派が20%であり、全体の傾向とかなり異なっていた。自民党が相対的に豊かな人々の支持を集めているのに対して、民主党はまさに生活の将来不安を抱えている人々の支持を集めているのである。
また、これからの生活を脅かすものを選ぶ質問に対しては、年金破綻、医療崩壊、環境破壊が上位を占めた。この点については、支持政党による違いはほとんどない。社会保障の信頼性が低下していることが、国民の生活不安の原因であることが分かる。また、地球環境問題に対する危機感が高まっていることも注目される。
さらに、日本がこれから目指すべき社会モデルとして、アメリカ型競争社会、北欧型福祉社会、日本的な終身雇用システムという三つから選ぶという質問に対しては、北欧型が58%と最も多く、日本型への回帰が32%と続き、アメリカ型はわずか7%弱の支持しかなかった。政党支持との関連では、自民党支持者で北欧型を支持するのは約50%で、他党支持者よりもかなり低い。また、伝統回帰を支持する者が40%あまりで、他党支持者よりもかなり高い。
繰り返しになるが、民主党の生活第一路線は民主党支持者の現状認識とぴったり呼応した。その点こそ、民主党支持が底堅いことの理由であろう。これからさらに、そのような支持者の思いに応え、新たな政権構想を打ち出す際には、年金と医療を軸とした社会保障政策を提示し、人々の生活不安を解消することこそ喫緊の急務である。
今の民主党を見ていて感じる最大の不満は、国会対策ばかりが目立ち、政策論議の過程がさっぱり見えてこない点である。確かに、政治には権力闘争という側面もあり、国会を主戦場に与党と対決することも必要である。しかし、国民に対しては常に、民主党が政権を取った時に日本社会はどうなるかという具体的なメッセージを伝え続けなければならない。そのメッセージがガソリン値下げだけでは、情けない。
政府の進めてきた改革という名の社会保障の破壊を批判し、自らの対案を示すことと、総合的なビジョンを示すことを車の両輪のように進めることこそ、政権交代への王道である。
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