揮発油税の暫定税率の延長問題は、衆参両院議長の仲介で対決が先送りにされたが、依然として通常国会前半の最大争点である。予算委員会を舞台にした与野党論戦は聞き応えのあるものであり、民主党の頑張りを高く評価したい。この種の政策論議においては、菅直人氏以下、中堅議員の面目躍如たるものがあった。
審議の中でまず明らかになったのは、道路特定財源の使い道のずさんさであった。揮発油税は道路建設のために使われてきたはずであるが、地下駐車場、公務員宿舎、職員福利厚生、さらには啓発のためのイベントなど、道路建設とは無関係な事業に使われていることが明らかになった。ちなみに、地方紙の記者をしている友人からは、民間企業の広告出稿が減少する現在、国土交通省地方整備局こそ地方紙にとっては重要なスポンサーだという話を聞いた。大規模な道路が竣工すれば、かならずシンポジウムなどのイベントや道路の意義をアピールする全面広告が出る。揮発油税は広告費にも化けているわけである。記者クラブとは違った意味で、報道に対する官僚の影響力が確保される可能性がある。
もう1つの問題は、道路建設の必要性の根拠となる交通需要予測がきわめていい加減であった点である。人口減少時代に自動車交通量が右肩上がりに増えるはずはないと思っていたが、案の定、道路拡張を支える表向きの予測と、現実を直視した裏の予測が存在することが明らかとなった。公共事業は、すべて費用便益分析を行い、便益が費用を上回らなければ実施しないという建前があるが、便益の計算など鉛筆をなめながらするようなものである。この点は、日本の公共事業の根本的な欠陥であり、国会の場でそれが明らかにされたことの意義は大きい。
2月21日の衆議院予算委員会では、民主党は、冬柴国土交通相から便益が費用を下回る道路は建設しないという答弁を引き出す一方、福田首相からは費用便益比にかかわりなく地域が必要とする道路は造るという答弁を引き出し、閣内不一致にも見えるような状況が出現した。
そこまではよいのだが、野党がいくら鋭いパンチを繰り出しても、予算審議は粛々と進む。政府与党が厚顔無恥を決め込めば、野党は理詰めで政策のずさんさを批判しても、無力である。政策論議の切れ味に、国会での闘争を加味しなければ、政府与党を追いつめることはできない。
ここで思い出すのが、昔の社会党である。55年体制時代の野党なら、あそこまで閣内不一致を露呈させれば、直ちに予算審議を拒否し、予算委員会は数日空転したであろう。通常国会における予算及び関連法案の審議は、時間との競争であるから、国会空転は政府与党にとっての大打撃となる。さらに野党は首相に国土交通相の罷免を要求し、最後は道路建設の基準に関する政府見解を出すくらいで、国会は正常化するという展開になっていたであろう。万年野党による国対政治といえばそれまでである。しかし、野党の闘争力は、政府与党に緊張感を与えていたことも事実である。閣僚の首が飛ぶこともしばしばであった。
今の民主党は、昔の社会党に比べれば遥かに立派な野党である。次の総選挙で本気で政権交代をねらうだけでも大違いである。二大政党の一翼を担うだけの議席数を持ち、議員には勉強家が多い。残念ながら、唯一闘争心が欠けている。
55年体制崩壊後に政界に入った若い世代の政治家にとって、社会党はだめな政党の代名詞である。だから彼らは社会党のまねをしないように心がけて国会活動をしている。審議拒否など以ての外である。しかし、そうした行儀の良さや利口さが政府与党に息をつく余裕を与えていることも事実である。
政府与党があまりにも国民をなめてかかるなら、しばらく国会を空転させることも野党にとっては闘いの武器となる。今回の道路問題で言えば、国土交通相の官僚が自分たちの権益を守るために数字をもてあそび、大臣もそれをまったく統制できていないのだから、でたらめな数字に基づく予算案は審議に値しないと突っぱねることには、大いに道理がある。また、閣内不一致が生じたら、首相が当該閣僚を罷免するまで審議に応じられないと主張することは、憲政の常道からして当然の話である。理詰めと武闘のバランスがとれれば、民主党は野党を卒業できるであろう。
政局が膠着状態にあるところに、イージス艦の漁船衝突事故が勃発し、福田政権の先行きもまた不透明になった。事故そのものも問題であるが、海上自衛隊が情報を隠蔽しようとし、内閣や防衛相がこれを十分統制できていないことは、もっと重大な問題である。まさに政府の指導力の危機である。事態の真相究明、責任追及、さらに自衛隊の独善体質の改革は、国会の使命である。せっかく参議院で野党優位なのだから、参議院の国政調査権をどんどん活用し、資料の提出要求や参考人質疑を行えばよい。守屋武昌前防衛事務次官の証人喚問をめぐっては、多数決による喚問議決に対する批判もあった。しかし、今回のように権力の横暴を追及する時には、参議院の野党は遠慮する必要はない。イージス艦の事故のみならず、これが従事しているミサイル防衛システムについてもメスを入れ、予算の無駄遣いの実態を究明すべきである。
防衛相や内閣に対する問責決議もあわてる必要はない。国会として行政の不正を追及することに全力を挙げたにもかかわらず、内閣の非協力によって国民の負託に応えられないという状況を作りだせば、問責決議への世論の支持も高まるというものである。
国民を見下すおごりとは、道路官僚のような文官も、海上自衛隊のような武官も、ともに陥りがちな病理である。これを正すのは、国民から選ばれた政治家の役割である。今こそ野党には怒りと闘争心が必要である。
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