揮発油税の暫定税率をめぐる与野党対決はついに年度を越えることとなった。昨年夏以来のいわゆるねじれ国会において、どのような民主政治のモデルを追求するかが問われてきた。現在の国会の手詰まり状況は、この問いについて日本の政党が共通の解決を見つけられなかったことの反映である。
ヨーロッパの政党政治を見ると、大きく二つのタイプがある。一つは多数支配型民主主義である。これはイギリス型の民主政治でもあり、二大政党制に結びつきやすい。そこにおいては、多数政党が国民に対して行った公約を強力に実現する点に民主政治の本質を求める。国民から権力を与えられた多数派にとっては、遠慮なしに政策を実現することこそ、国民の信頼に応える道である。もう一つは多極共存型民主主義である。これは、妥協と合意の民主政治でもあり、オランダなどの多党制を取る大陸諸国に典型的に見られる。そこにおいては、政党、政治家が話し合いを重ね、妥協によって政策を形成していくところに民主政治の本質を求める。
2つのうち一方が正しく、他方が間違っているという話ではない。それぞれの国民が民主政治の中でもどのような理念を重視するかによってどのようなモデルを採用するかが決まってくる。イギリス型の多数支配型民主政治の場合、サッチャーやブレアのような強いリーダーを生み出しやすく、政策を迅速に実現できるという利点がある。その半面、ブレアのイラク戦争の失敗のように、権力が暴走することを食い止めることが難しいという欠点もある。多極共存型民主政治の場合、政治に社会の多様な意見を反映することができるという利点がある一方、総選挙後半年間も組閣ができなかったベルギーのように、いつまでも政治空白が続くという危険性もある。
日本の場合、長年の自民党長期政権の時代には、自民党の枠の中で多極共存型民主政治が実行されてきたということもできる。しかし、それではダイナミックな改革や政策転換が起きないという理由で、1990年代前半に政治改革が行われた。小選挙区制を基調とする選挙制度の下で二大政党制を目指すという理念は、多数支配型民主政治を追求するものだったはずである。昨年の参議院選挙では、積年の目標であった政権交代可能な二大政党制に向けて大きく近づいたように見えた。
しかし、そこに二院制という問題が立ちはだかった。日本政治は再び民主政治のモデルをめぐって悩むこととなった。理想論としては、討議民主主義のモデルと追求し、与野党の話し合いを通してよりよい政策を発見するという主張にも道理はある。政治家が政策論議に習熟すれば、日本の政党政治もレベルアップすることが期待される。
しかし、理想を実現することを困難にする事情がいくつも存在する。第一は、歴史的文脈である。この十数年間、政権交代と二大政党制を目指してきた民主党にとって、ここでいきなり妥協と協調の民主政治に転換することには大きな抵抗がともなう。また、政治の世界の本質は権力闘争であり、ここで野党が与党に協調すれば、それだけ与党を利することにつながる。
第二に、それと関連するが、今の政府が今後数年続くという前提が存在しない点である。今の政府がそれなりに国民の支持を得て、今後数年続くことが不動の前提であれば、野党も反対ばかりを続けるわけにはいかない。しかし、今の福田政権は支持率も落ち目であり、約1年以内には確実に総選挙が行われる。したがって、野党は合意による政策形成よりも、権力闘争を優先させたくなる。
第三に、福田政権の側の認識の甘さが指摘できる。政策や人事を円滑に実現するためには、政府与党の側に、野党の反対の正当性を奪う戦略が必要である。衆議院の審議の段階から、野党の真っ当な批判は受け入れ、予算や法案の大胆な修正をしていれば、逆に野党の手足を縛ることができていたであろう。実際、この通常国会における衆議院の予算審議はかなり高い水準のものであり、道路予算の杜撰さをめぐり政府はしばしばたじたじとさせられた。にもかかわらず、政府案こそ最善という従来の発想で法案と予算を衆議院で通過させたことで、政府は妥協の可能性を自ら否定する結果を招いた。
ちょうど10年前の金融危機の際に、当時の菅直人民主党代表は金融問題を政局にしないと発言し、与党との協力の下で関連法案を成立させた。当時、自由党党首であった小沢一郎氏はこれに反発し、野党協力から自民党との連立に舵を切った。小沢という人は、やはり政局の人である。2月中旬、あるシンポジウムで菅直人氏と同席した際、ガソリン値下げ隊のような大衆迎合には反対だと私が言うと、菅氏は政権を取るためには正攻法だけではだめで、あらゆる手段を使って政府を追い込まなければならないと反論した。今の民主党執行部は政局を作り出すという点で意思統一しているのであろう。
確かに権力奪取は、学者や新聞論説の好む政策論とは別世界の話である。しかし、仮に政局が動乱に陥っても、民主党の側に大義名分がなければ権力は取れない。民主党が解散総選挙に追い込もうとする意欲を持つことは分かるが、肝心の選挙で何を訴えたいのかが伝わってこない。
これからしばらくは、民主党の反対が正当性を持つかどうかが、政治の鍵となる。民主党は、反対の理由を説明するだけではこの戦いに勝つことはできない。なぜ今政権交代が必要なのか。民主党が政権を取ったら、日本はどのように変わるのか。政治の変革に関して前向きのメッセージを打ち出すことが急務である。
追記 前々回の本欄で紹介した私の行った世論調査は、下記サイトに掲載されたので、ご覧いただきたい(http://www.csdemocracy.com/opendata/200801.html)。
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