小沢一郎氏の代表辞任後、民主党は鳩山由紀夫氏を次期代表に選出して、ようやく政党政治は正常に戻った。西松建設による献金事件については、検察批判、小沢批判の両面からの議論が可能であり、それぞれ重要な論点をはらんでいる。とはいえ、衆議院の任期切れまであと4ヶ月を切った今、政治に何より必要なことは、自民党と民主党が次の政権構想を示して対決することである。小沢前代表が手負いの状態では、民主党は何ら積極的な動きを起こすことができず、政権交代の機運も遠のいていた。その意味では、代表の交代は、総選挙に向けた体制作りのために不可欠であった。
メディアは代表選挙の争点について、小沢路線の継承か、脱小沢かという二項対立を掲げたが、これはメディア自体が小沢という人格を軸に政局を見るという悪い癖から抜けられていないことの現われである。民主党の代表が誰であれ、政策面では小沢路線を継承するのが当然である。三年前の春に代表に就任して以来、「生活第一」を掲げて党勢を拡大し、参議院選挙で勝利し、政権交代を指呼の間に収めたのは小沢全代表の功績である。民主党内の誰もそれを否定できない。今度の総選挙はその延長線上で戦うしかない。
他方、党運営については、脱小沢の余地がある。強烈なリーダーシップは独裁と紙一重である。小沢体制が独裁だったとは言わないが、幅広い議論を重ねていって政策を党全体で共有するという民主的な気風があふれていたともいえない。新体制においては、次の政権運営も見据えて、分野ごとの政策論議と全体としての調整のルールを確立する必要がある。
来るべき総選挙の争点は何なのだろう。メディアのコメンテーターは、各党にマニフェストを作れ、政権構想を明確にせよと迫っている。もちろん、政権の帰趨をかけた総選挙だから、政策がどうでもいい訳はない。しかし、あまり生真面目に、教科書どおりの政策論争を求めると、かえって今回の選挙の意義を見失うような気がする。
最近は政府与党まで、安心社会実現を叫び始め、麻生太郎首相は厚生労働省を分割して、より緻密に国民生活を支える体制を作ると言い出した。そうなると、自民党の安心社会と民主党の生活第一の間で、わかりやすい対決の構図を作ることは難しくなる。1つの重要な争点は、消費税率の引き上げを軸とした国民負担のあり方になるのだろうが、現下の不況の中ですぐに増税を実施できるわけはない。そうすると、負担のあり方をめぐる政策論も、ためにする論争に陥るであろう。
民主政治には、具体的な政策よりも、もっと根本的な重要問題がある。古い言葉だが、憲政の常道という言葉を今こそかみ締める必要があるように思える。憲政とは、もちろん民主政治を含むが、より広く憲法や国民主権という常識に則った政治という意味である。
選挙には、これからどのような路線を選ぶかという選択とともに、現政権与党の過去の任期中の実績を評価するという側面もある。その点を顧みれば、 2005年9月以来、自民党が憲政を破壊したことばかりが目立つ。その点に対する厳しい評価こそ、今回の総選挙のテーマではないか。
2005年総選挙が郵政民営化という単一争点で国民をたぶらかしただまし討ちであったことはもはや明白である。あれから4年の間、国会は郵政民営化以外に、国民に約束しなかった政策を次々と実現した。その中には、後期高齢者医療制度、生活保護の母子加算の廃止など、国民の生活基盤を破壊するものも数多く含まれていた。
理由はともかく小泉元首相が国民の圧倒的支持を得たのだから、衆議院の任期中は小泉氏が国政を担うことこそ、民意だったはずである。しかし、総選挙から1年しか経っていない時点で小泉氏は引退し、以後、自民党内で総理の座をたらい回しした。国政の最高ポストをあまりに軽んじる自民党は、憲政の常道から逸脱したと断罪されるべきである。
麻生政権が今頃になって安心社会実現などと叫び出すのは、自らが種をまいておいて大騒ぎするマッチポンプという点でも、正統性のない政権が重要政策をもてあそぶという点でも、笑止千万の沙汰である。この機会に現任期の衆議院が行ったことについてきちんとけじめをつけておかなければ、またしても選挙で適当なことを公約し、選ばれた後にはまったく関係ない政策を推し進めるという悪習が繰り返される危険がある。
選挙は与野党の対決の場である。しかし、与党と野党とでは、立場が根本的に異なる。与党はこれまでの任期中に行った政策の結果について責任を取らなければならない。その意味で、野党よりも厳しい追及を受けるのが宿命である。他方、与党は行政府の官僚機構を使いながら自らの政策を立案できるという有利を持っている。野党は、与党の過去の実績を批判し、次に自分たちが政権を取ったらどのような社会を作るかを訴えるのが仕事である。与党を攻撃すれば仕事の半分はすむという点で気楽であるが、今後に向けた政策を訴える場合、自力で作らなければならいという不利を背負っている。
したがって、与野党をまったく同列において、それぞれの政策を対比するのはきわめて不公平な議論である。多くのメディアもこの点を理解していない。鳩山民主党に必要なのは、与党ペースに乗らず、野党としての戦い方を貫くことである。生活第一を具体化するマニフェストの作成も急務であろう。それもさることながら、自民党から政権を奪い取るためには、過去4年間の自民党の悪政と無責任を徹底的に糾弾すること、その意味での戦いの姿勢を示すことこそ大前提となる。
鳩山という人は育ちの良さ故か、政敵を追及する言葉の切っ先には鋭さを欠いていた。民主党を幹事長として支えてきて、政治家としてどれだけ変身したか、注目したい。
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