新聞各社の世論調査で麻生政権支持率が急落し、総選挙後の政権の枠組みとして民主党中心の政権を望む声が増加している。もはや政権交代は目の前に迫ったといってよい。
自民党内からは、総選挙前の総裁交代という声も聞こえてくる。しかし、それはまさに政党政治の否定とも言うべき愚挙である。仮に東京都議会選挙で自民党が敗北し、麻生首相が退陣ということになれば、自民党は1年も持たない総理を3人続けて選んだことになる。それだけで統治能力の欠如を露呈するようなものである。少しでも人気のある政治家を看板にして国民の目をごまかそうという話を聞くと、自民党はそこまで落ちぶれたのかと情けなくなる。自民党が民主党の政権担当能力をあげつらうなど、笑止千万の沙汰である。
自民党が劣勢を挽回するためには、表紙を付け替えるよりも、まじめな政策論争こそ、唯一の可能性である。2005年の総選挙からの4年間、日本の世の中は大きく変わった。あれから自公連立政権が実現した政策の意義、効果を検証し、国民がそれを評価するのが、総選挙の第一の意義である。「官から民へ」、「小さな政府」というスローガンで圧勝したあと、自公連立政権が決定した政策で世の中はどう変わったか、自分で検証することが自公両党の責任である。
一部の有識者は、選挙に向けて各党のマニフェストを検討しようという動きもはじめている。しかし、まず必要なことは、郵政民営化という単一争点の選挙で獲得した議席によって、自公政権が過去4年間に何をしたかを検証することである。選挙の前に現政権の政策責任を明らかにしておくという習慣をつけておかなければ、将来に向けたマニフェストを論じたところで選挙のあとには弊履の如く捨て去られるにちがいない。
麻生政権は「安心社会実現会議」を立ち上げ、先日報告書が提出された。こうした政策論議自体、小さな政府路線の破綻を意識してのことであろう。何を今更と言いたいところではあるが、過ちを改むるに如くはなしである。あの報告書には、人生全般にわたる切れ目のない社会保障という理念、給付つき税控除など、日本の社会保障を根本的に転換させる重要な提案が含まれている。小泉政権以来の構造改革がどのようにして社会経済を疲弊させたのかを明らかにした上で、政策転換を打ち出すことこそ、自民党が生き残るための唯一の道である。表紙の付け替えなどというくだらない議論をするよりも、総選挙前にふさわしく、日本の目指すべき社会像をまじめに論じてほしい。
民主党も内閣支持率の低下で喜んでいる場合ではない。政権交代が目の前に迫ってきた今こそ、本気で政権を担うための準備をしなければならない。今の民主党は、いわば形から入って政権掌握の準備をしている。官僚支配を打破するために、百人以上の与党の議員を行政府に送りこむといったたぐいの話がそれである。菅直人代表代行は先日イギリスを視察し、政権交代を起こした時に、新しい与党がいかにして政府を掌握し、政策を実行するか、経験者の話を聞いてきた。確かに、イギリスでは140名ほどの与党議員が大臣、閣外大臣等の役職について、行政府を指揮、統率している。しかし、形をまねれば、中身も付いてくるという話ではない。
民主党には政権担当能力がないという自民党の批判がばかばかしいものであることは、繰り返すまでもない。それにしても、政権交代を起こして民主党はどのような政策を実現し、日本の世の中をどう変えたいのか。日本人にとって、選挙による本格的な政権交代を初めて経験するかもない機会である。この絶好に機会をフルに活用するという構想が具体的に見えてこないところに、不安と不満の原因がある。
政権担当能力とは、政治家が長い間与党にいるという経験の量を指すのではない。行政機構を使ってどのような政策を実現するかという、基本的な方向や政策に関する合意と、その実現のために必死になるという意思の有無こそ、政権担当能力の試金石である。今のイギリスの労働党政権は、相次ぐ腐敗や失政で落城寸前であるが、1997年に誕生した時は颯爽たるものであった。まさに時代を変えてくれるという国民的な期待が社会に横溢した。地方分権、医療再建、雇用政策など、それ以前の保守党政権が生み出した矛盾を解決するための具体的な政権構想を選挙で示し、政権獲得後はロケットスタートと言われたくらい、次々と政策を実現した。主要閣僚は、初めて与党を経験する政治家がほとんどであったが、政権担当能力は十分持っていた。それは、選挙前に労働党のリーダーがしっかり構想を練り、議論を重ね、政権獲得の暁にはどのような手順で何を実現するかという周到な戦略を持っていたからである。
日本の場合はどうだろう。総選挙直前のタイミングで代表が交代したこともあり、民主党の総選挙に向けたマニフェスト作成は遅れている。それを割り引いても、民主党政権が日本をどう造りかえたいのか、具体的な言葉は伝わってこない。鳩山由紀夫代表の言う「友愛」では、世の中がどうなるのか、分からない。
小泉時代のワンフレーズの政治が、実は国民を欺き、政治の貧困をもたらしたということを、2005年以来の4年間で国民は体感しているはずである。民主党中心の政権を望む声が大きくなったことも、民主党それ自体に対する期待の高まりというよりも、ともかく自民党政権を一度終わらさなければ日本の政治が次の段階に進まないという現状認識の表れであろう。
政権交代に対する半身の期待を、政治に対する本格的な信頼につなぐために、民主党の責任は大きい。安心社会実現会議が打ち出した社会保障像の転換を凌駕するような大きな構想を示すことが、本格的な政権選択選挙にとって不可欠である。
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