8月30日の選挙を目指して、長い選挙戦が始まった。今回の選挙の最大の争点は、政権交代を起こすかどうかである。政権交代をテコに政策転換を図ってほしいという思いは私も同じである。だが、それ以前に日本の民主政治にとってはまずこの機会に政権交代を起こすことが何よりも必要である。政策の論理よりも、政治の論理が優先されることにも理由がある。
自民党からは、政権交代は目的ではないという声も聞こえてくるが、そんな議論は引かれ者の小唄である。東京都議会選挙以降の自民党の混迷ぶりを見れば、国民の感覚とどれだけ乖離したかもわからないほどこの党が与党ボケしていることは、明らかである。
自民党は民主党に政権担当能力がないことを印象づけるためのネガティブキャンペーンを始めたが、これも、今まで日本を統治してきた責任ある政党のすることとは思えない。そもそも、自民党までが「安心社会」の実現を唱えなければならないような社会経済状況を作り出したのは誰なのか。ほかならぬ自民党である。過去数年間の構造改革路線の誤りを総括、反省することなしに、自民党に安心社会などと叫ぶ資格はない。今の自民党の公約は、放火犯が親切ごかしに消火器を持ってきているようなものである。
1955年以来、日本では先進国ではまれな一党優位体制が続いてきた。そのことは、自民党と官僚や社会集団との間の関係をきわめていびつなものにした。たとえば、鶏卵関係の団体が政策要望の会合に民主党の議員を招待したことに農水省の官僚があわてて、団体側に会合の中止を働きかけたことを3週間ほど前の朝日新聞が報道した。これなど、政官業の歪みを表すわかりやすいエピソードである。
社会集団が政策的利益を求める際に与党に働きかけをするのは、民主政治では当然のことである。しかし、政策的恩恵を得るからといって、政権党に隷属するいわれはない。政策の財源は国民の税金であって、政権党の私財ではないからである。政権党の政策に不満があれば、野党に働きかけをするのも当然自由である。日本の場合、自民党が政権党であることがあまりにも当然であったため、政策的恩恵を得る社会集団は、あたかも自民党のお情けで利益を得るような感覚を持つようになった。
官僚組織が政権党の指示に従って政策を立案することは、議院内閣制において当然のことである。しかし、日本では自民党が与党であることに官僚が慣れすぎたために、自民党のご機嫌をうかがうことを自らの任務と錯覚するようになった。くだんの農水官僚のように、自民党の意向を先取りし、社会集団に自民党に逆らわないよう抑止的指導をすることも仕事の内となる。
自民党という政党は本来、単なる自発的結社のはずであるが、自民党=政権党という常識を振りまくことによって、こうしたゆがんだ政官業の関係が定着した。官僚が自民党の党利に奉仕することが当然となり、社会集団は政治活動の自由を制約される。
事は、農水省や農業関係の団体にとどまらない。メディアも、自民党が唯一の政権政党という前提のもとで、自由な言論を制約されてきた。警察や検察も、自民党が常に政権を握るという前提で行動してきた。
政権交代を実現し、次はどの政党が政権を取るかわからないという状態を作り出すことこそ、こうしたゆがんだ政官業の構造を打破する唯一の方法である。風通しのよい社会を作り、官僚組織を政治的に中立化させることは、政権交代によってのみ可能である。私が、政権交代がそれ自体目的だというのは、そのような意味である。
もちろん、政権交代を起こしても、かつての細川政権のように、新政権がすぐに瓦解したのでは、民主政治の進化は起こらない。
社会保障や雇用の再建にしても、外交における対米追随からの脱却にしても、政権交代をテコに変えていかなければならない課題は、決して単純なものではない。特に、社会保障や雇用の分野は、単年度の政策で改善できるというものではない。また、沖縄の基地縮小は、アメリカとのねばり強い交渉によって、活路を見出すべきテーマである。
新政権は、「任せてくれれば難問解決」、あるいは「これさえあれば世の中よくなる」という昔の自民党の政治手法から転換すること自体を、テーマに掲げるしかない。社会保障や雇用の再建のためには、いずれは国民による負担の増加も不可避であるし、地方自治体や各種の社会的運動体の協力も必要である。新政権が目指すべき社会ビジョンを示した上で、そこに至るまでにどのようなハードルを乗り越えていく必要があるのか、国民に対して丁寧に説明することこそ、新政権の取るべき政治スタイルである。
民主党が選挙公約の中で、ソマリア沖への自衛艦の派遣やインド洋での給油活動について、即時撤退という主張を引っ込めたことについて、与党からは批判の声も上がっている。しかし、野党としての主張と、政権を獲得した時の実際の行動の手順とが食い違うのは、むしろ当然である。いきなり自衛隊を引っ込めて、アメリカとの間に無用な摩擦を起こすのは政権運営にとって得策でないというのも、1つの政治的判断であろう。
しかし、野党としての主張が単なる口先だけの政府攻撃だという批判をはね返すためには、当面、前政権の政策を引き継ぐとして、その後、どのような方向に政策を転換していきたいかという理念、ビジョンを示すことが必要である。将来、沖縄の基地をどのレベルまで削減するのか、日本はソフトパワーとしてどのような国際的活動を展開するのか、目指すべき姿を明確に示し、そこに向けて着実に国民や外国を説得するという姿勢こそ、新政権が持続するために不可欠である。
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