総選挙で圧勝した民主党だが、新政権の立ち上げに向かう過程では、もたもたした印象をぬぐえなかった。その最大の理由は、政権交代の立役者、小沢一郎代表代行を新体制の中でどう位置づけるか、鳩山由紀夫代表自身が明確な構図を描けなかった点にあった。政権運営の主導権や主要ポストをめぐって主だった政治家同士が暗闘する様子は、新政権に対する国民の期待を低下させる。民主党には、常に国民に対するメッセージを発し続けることが求められている。
鳩山が小沢を幹事長に据えたことで、ようやく構図は定まった。民主党の首脳部には、政府の運営と、国会運営や選挙対策という役割分担を明確にして、政権を始動させてほしい。メディアは、政界のブラックボックスをすべて小沢ワールドとして描くという悪い癖を持っている。堂々の政権交代という宿願を達成した小沢がさらに永田町をかき回すということは考えにくい。幹事長に就任し、来年の参議院選挙に取り組むという新たな任務を与えられた以上、小沢は民主党政権の安定化のために力を尽くすはずである。政権交代を機に、報道の仕方にも工夫がほしい。
総選挙では、国民の多くはともかく一度民主党にやらせてみようという動機で投票した。実際に政権交代を起こしてよかったと国民に思ってもらうために、なすべきことは山ほどある。様々な課題の間で、戦略的な手順を設定しなければならない。言うまでもなく、大規模な予算や法律改正が必要なテーマは、少し先に回さざるを得ない。
あらゆる政策決定の前提として、新政権がまず取り組むべきは、情報公開である。民主党は税金の無駄づかいを撲滅することを叫んできた。そのためには、無駄づかいの現状を明らかにすることこそ第一歩となる。昨年の道路特定財源をめぐる論議の中で、民主党の議員が鋭い追及を行って、利権構造の氷山の一角が露見した。今度は与党として、そうした大掃除を行う番である。そのような戦いを行う間は、国民の支持も集まるであろう。また、利権を解体するという政治的環境が不動の前提だと官僚も理解すれば、官僚はその中で生きるすべを見つけるであろう。
次に考えなければならないのは、当面の生活支援策の展開である。全国民を対象とした医療や年金などのテーマで本格的な政策転換を図るためには、予算や法案準備にある程度の時間もかかるであろう。まず取り組むべきは、比較的規模の小さい社会福祉関連の事業に関する政策の充実である。生活保護における母子加算の復活は手始めである。来年春を標的に、経済的事情によって進学を断念する若者をゼロにするという具体的な政策を展開すべきである。
中期的な政権運営を考えたとき、マニフェストをどのように実現するかが政権の命運を左右することになる。民主党の政治家にはまじめな人が多く、マニフェストの項目を次々と実施して進捗率が高まれば、政権運営も合格点が取れると考える発想が強いように思える。しかし、私はそのような発想では政権運営はおぼつかないと断言したい。政治は生き物である。失業や貧困が深刻化すれば、財政赤字が増えても、果敢な対策を打たなければならない。歳入を確保するためには、減税の約束は延期することも必要である。大事なことは、政権指導部が政策運用の前提となる現状認識と、政策決定の理由を国民に向かって丁寧に説明することである。
政府と与党の一元化による政策決定システムも、決して万能ではない。行政府に百人程度の政治家を送り込むとしても、衆参合わせれば300人程度の政治家が議会に残る。彼らの納得を得なければ、円滑な法案成立はおぼつかない。幹部が決めた政策に、その他大勢はだまって従えという意思決定の仕方は、民主党にふさわしいとは思えない。
実体的な社会、経済問題に取り組むようになれば、当然賛成、反対の議論が交錯する。たとえば、民主党はCO2の排出量削減について、1990年比25%という野心的な目標を掲げている。私も、そのくらいの志で環境問題に取り組んでもらいたいと願っている。その目標に沿って、具体的な産業政策やエネルギー政策を展開しようとすれば、日本経団連や各業界だけではなく、電力や自動車などの労組も反対運動を展開するかもしれない。今まで民主党を支持してきた団体が各論反対を主張したときに、これをどう乗り越えるかという問題こそ、民主党の統治能力を測る試金石である。
各論反対にあって政策転換をあきらめるようでは、民主党に対する幻滅が広がるだけである。自民党の族議員が、民主党における単産の代表に替わっただけということになる。
政権交代にともなって政権運営に関心が集中するのは当然である。しかし、同時に国会論議のあり方も改革する必要がある。民主党が、かつての自民党政調会部会のような密室における調整を排除したいならば、300人の国会議員はどのようにして政策形成に関与するのであろうか。1つの可能性は、法案の事前調整をせず、国会の委員会で与党議員も本気で質問して、委員会で調整を図るという方法である。その場合、委員会審議による法案修正ということも、以前よりは頻繁に起こることになる。そうなると、政府にとっては、法案審議が予測不能になる。しかし、議会制民主主義の活性化という観点からは、与党議員も積極的に議論に参加し、国会が意思決定の場となるのは望ましいことである。
特定の集団や組織を背景に与党議員が委員会質問をしてもよい。政治主導と意気込むからには、閣僚たちがそうした質問を論破し、自らの政策の意義を国会に、そして国民に訴え、説得しなければならない。
政府、国会を通した制度改革によって、日本の民主政治の進化を期待したい。
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