●政治は変わったか
――従来手法を大転換 宮台氏 ・ 独断的になる恐れ 中島氏――
宮台 組閣の印象は、派閥順送りだった自民党に比べてはるかに人材がいるということ。この1カ月のキーワードは「自明性を崩す」だ。官僚は、大臣や政務官が上下関係や省庁を横断して電話連絡していることに仰天している。自民党は派閥の仕切りがあって大臣や副大臣が分断され、そこを官僚がうまく利用してきた。前原誠司国交相の八ツ場ダム中止表明は、従来のやり方が通用しないことを官僚と国民にアナウンスした点で重要。また岡田克也外相は記者会見のオープン化を実現させ、他省庁につながる流れを作り出した。
山口 政権の担い手が代わったことに大きな意味があった。政治の最大の使命はどういう社会を目指すか目標を提示することだが、今までは政治家が意思を持たず、目標は官僚ができる範囲で設定した。しかし、鳩山由紀夫首相は温室効果ガスの大幅削減に踏み込んだ。素直に感動した。ただ、前原国交相のやり方はどうか。八ツ場ダムを止めるのは賛成だが、民主主義的には地元や関係者が発言し、それを聞く機会がまず必要だった。
宮台 マニフェストにはダム凍結があったのに、マスコミは選挙前に地元意見を紹介せずにただマニフェストを紹介し、政権交代すると突如「地元は反対」のキャンペーンを始める。マスコミの「万年野党」的な思考停止は問題だ。
中島 デモンストレーション段階として、政権交代で大きな方向転換があったと見せる意味では八ツ場ダム中止も羽田空港ハブ化も良い。しかし、問題はその次。日本は「小さな政府」過ぎるので、いずれ歳入増に手を付けないといけないが、その時マニフェストの問題が出てくる。マニフェストは国民との契約だとすれば、官僚的に書かれたことを実行しても正当性があることになる。熟議のプロセスが失われ独断的になるのでは。
宮台 マニフェストは契約だが、順番や時期を変更しても、説明して相手が納得すれば通常の契約と同じく問題ない。ただ、政治過程の基本は「落としどころ」。前原国交相が落としどころを想定して発言しているように見えない点が心配だ。
中島 鳩山首相の指導力はどうか。
山口 政治家のスピーチは政治家が書くべきで、この点うまくやっている。ただ、国内デビューはまだ。臨時国会の所信表明演説が注目される。
宮台 国連のスピーチには感動した。英語で話すことに外務官僚は反対したようだが、通訳を介せばあれほど劇的でなかったはず。直接話して拍手喝采が起きたことは重要だ。
中島 最近は少し影が薄い気がする。各大臣の出すものをどう統括するかが問われる。
●地域の立て直しは
――住民参加が不可欠 中島氏 ・ 「改革」を巻き戻せ 山口氏――
中島 民主党は地域主権を掲げており、地方分権を進めるという。その際に重要なのは住民参加だ。
宮台 今回の選挙は「任せる政治」から「引き受ける政治」への転換が問われた。従来的な陳情は参加とは言えない。今後は自立的経済圏、つまり経営企業体として地域を回せるかが問われる。中央にはぶら下がれない。
山口 地方は今、どこに陳情に行っていいか分からなくて右往左往している。政策づくりと言えば自民党を通して中央省庁に陳情に行ってカネをもらって何かやる、という発想が変わってない。政策をつくる仕組みはこう変わる、陳情という言葉はなくなる、というメッセージが必要だ。
宮台 「小泉―竹中路線」が地方に酷薄だったとして揺り戻しがあった。地域主権化の酷薄さも実は勝るとも劣らない。地域は頭を早く切り替え、思考停止を打破しないと、こんなはずじゃなかったと打ちのめされるだろう。
山口 今の政権がまずやるべきことは「三位一体改革」を巻き戻すことだ。交付税を減らして、いかに地方が痛んだか。1、2年内に戻し、その上で地域主権を考えてほしい。
中島 これまでは会員制クラブみたいに、会費を納めているから事務的なことは全部やってくれ、というお任せ意識だった。これからは自分たちが参加して決定プロセスで主体的なかかわりをしなければならない。それを引き受けられるか、分権で試される。
山口 本気で無駄をゼロにしたら地方は大変なことになる。どう乗り越えるのか、ある閣僚に聞いたら「こうすればいい、という絵を国が示すことはできない前提で考える。そのためには地方に人材がいなければいけない」と強調していた。地方自治体が責任を取るようになるとは、責任を取れる主体がいるということだ。しかし、人材が集まるはずの地方議会があまりの体たらくすぎる。
宮台 企業のように競争に耐えないと地域主権化は無理。高速道路無料化に「吸い出される」と反対するようでは生き残れない。地域経営の発想をできるだけ早く取り入れるには高速道路無料化ショックは有効だ。
中島 無料化で商店街はさらに崩壊する。商店街が持つ人と人とのつながりを重視する機能を、どうやって社会がつくっていけるかが大事だ。高速道路の通ってない市町村が余計にダメになるという議論もある。
山口 新幹線延伸より、道内の高速道路ネットワークを早く完成させるべきだ。これは政府の仕事。建設費の積算単価などを見直せば、安くできるはずだ。個性ある地域は1次産業をしっかりすることから始まる。
中島 一方で、一般競争入札の影響でダンピングが起き、工事の質が落ちている。大手が下請けをたたき、地元企業には金が入らない。これからの公共工事をどう考えるか。
宮台 沖縄の離島では、人工堤防を自然堤防に戻している。世界にはグリーンダム(緑のダム)もある。疲弊した国土を回復する公共事業はありうる。
●目指すべき社会は
――環境政策は追い風 山口氏 ・ 若い人引きつけて 宮台氏――
中島 増税の問題はどこかで切り出すべきだ。これから扶養控除や配偶者控除の廃止問題が出てくるが、働きたくても働けないのにカットされる。どこかで全体のパイを増やす必要がある。
山口 当面無駄を省くことはかなりやるだろうが、それだけでは足りない。消費税の導入以来、累進制は緩くなった。比較的裕福な人には少し多めに払ってもらうべきだ。
宮台 配偶者控除は1960年代の就業体系を引きずった制度だ。今は共働きが当たり前で、廃止が正しい。都心の保育所はすごく高いから、共働きこそ子ども手当が必要。ただ、そもそも欧米に比べ就業時間が長すぎ、自前の子育てや社会参加が無理なことが本質的問題だ。
山口 負担を問題にする場合、目指すべき社会のイメージを打ち出し、そういう仕組みへの移行にどういうコストを払い、政策を打つかという議論が必要だ。父さんが働き母さんが専業主婦というモデルの税制・社会保障制度を根本的に変えると、まず宣言すべきだ。
宮台 核廃絶を宣言したオバマ米大統領に鳩山首相が賛同したのは良いことだ。核廃絶は米国の「核の傘」が将来なくなることを意味する。とすれば「重武装中立」の方向を探ることになり、アジアの感情的回復が必要になる。その意味で「東アジア共同体構想」と整合する。
中島 日本に核武装という選択肢はない。だから、米国から距離を取り自主的な外交をするとなると、重武装に踏み込まざるを得ない。一定期間、防衛費は増大するはずだ。その時、護憲派をどこまで説得できるか。
山口 重武装という議論は疑問だ。9条は変える必要がなく、アジアの安保に役立っている。米国との関係も多少相対化する方向に進んでほしいが、同時に日中韓については脅威を感じない関係を構築することが必要だ。
宮台 専守防衛は地上戦を戦うことを意味し、残虐きわまる。威嚇力ゆえに相手が攻撃しない状態に持って行くことが重武装の意味だ。
中島 鳩山政権は高い支持率で船出したが、世論の気分化を危惧している。最近の内閣は就任時は高い支持率で、政策と関係ない出来事でドーンと落ちてきた。民主党政権の7割の支持率も、3カ月から半年で落ちると想定せざるをない。そのとき踏ん張れるか。
宮台 小沢秘書問題や鳩山個人献金問題に国民はさして反応しなかった。単なるスキャンダリズムは緩和されてきたのでは。国が回るか回らないか瀬戸際になって、国民は優先順位を考えるようになってきている。
中島 支持率が4割を切るとどうなるか。良い船出をしたように見えるが、どこかで傾くと世論は怖い。
山口 今後の心配で言えば、政権に入っていない大量の国会議員をどうするか。同じ与党なのに閣僚らとその他大勢の差が大きすぎる。与党議員も国会で民主党の政務官をいじめたらいい。
宮台 鳩山首相の温室効果ガス削減表明は、歴史上初めて日本が国連のスピーチで流れをつくった。最近の若者は、「良いことがしたいが、何をやっていいか分からない」という人が多い。環境に優しいことは多くの人が合意できるテーマだ。政権はこうしたテーマで若い人を引きつけるべきだ。
山口 環境を中心に据えることは北海道にとって非常に良い。森林に比例した第2環境地方交付税とか、国内の排出権取引とか。道庁の政策づくりは大いに頑張れと言いたい。
中島 若い人の「良いことをしたい」というモメントは、社会参加や再分配の動機付けにもなる。こういう新しい感性をどう政策に結びつけるか、地方はそこが問われている。
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