5月23日鳩山由紀夫首相は沖縄を訪問し、普天間基地移設問題について辺野古への新基地建設という現行案を継承することを表明した。これにより、鳩山政権は最大の窮地に立たされることとなった。
普天間基地の県外、海外移設が大変困難な事業であることは、最初から明白であった。それをあえて政権の目標に掲げた以上、必死の努力を行うはずだと国民は思っていた。また、私は2月初旬にアメリカのルース駐日大使と懇談する機会を得た。その時に大使は、次のようなことを言って、私を驚かせた。鳩山氏が首相になったときに、自分は、新しい首相も前政権がアメリカと作った合意を実行せよと言おうと思えば言えた。しかし、そんなことは言わなかった。日本は民主主義の国で、政権交代を起こしたのだから。
実際、政権交代によって米軍基地の撤廃が起こった例はいくつかある。日本だけがその意味の例外になる必要はない。鳩山首相はその意味で正しい問題提起をしたのである。にもかかわらず、政権全体としてこの問題に取り組むという姿勢が皆無であった。岡田外相や北澤防衛相は、首相の思いを無視するかのように、嘉手納統合案など、およそ県外移設をつぶすためとしか思えないような提案をしていた。
混迷を生み出した最大の責任者は、鳩山首相自身である。彼が内閣の指導者として、各閣僚にこの問題での不規則発言を慎むように、抑えるべきであった。そして、平野官房長官のような使えない政治家、岡本行夫氏のような前政権の知恵袋に頼るのではなく、鳩山自身の考える方向で答えを出すための体制を作るべきであった。
もう1つ、メディアの責任に触れないわけにいかない。全国紙には、前政権の作った枠組みを壊せば、日米安保体制全体が崩壊するという大合唱が、朝日から産経まで共通していた。これは、大手メディアが旧来の発想にどっぷり漬かっていたことを物語る。米軍は嘉手納も横田も好きなように使っている。仮に普天間基地を県外に移しても、米軍基地の圧倒的な割合が沖縄に集中している現実は変わらない。鳩山政権の問題提起が直ちに日米安保体制の崩壊につながるような大騒ぎをし、国民的な議論を封じ込めたメディアの罪は大きい。
しかし、問題はまだ終わっていない。沖縄県民、地元の首長や議会が、県内移設という裏切りを許すはずはない。クリントン国務長官は移設問題の決着に当たって、米軍基地の持続可能性を強調していた。沖縄の世論に火を付けた以上、基地は持続可能ではなくなった。今月下旬、沖縄県庁の実務者は政府に対して、基地と引き換えの振興予算に代わる新たな財政調整の仕組みを提案したと『琉球新報』は報じている。今までのように札束で地元を黙らせることはできないのである。地元の反対を根拠に、日米交渉をやり直す余地はあるだろう。
鳩山政権がここまで無力さをさらけ出すと、これまで政権交代を支持してきた者も、これからどのような態度をとるべきか、悩まされることとなる。沖縄基地問題に限らず、参議院選挙に向けたタレント候補の擁立だの、利益誘導政治の復活だのを見ていると、私のように、十数年民主党政権を作るために論陣を張ってきた者でさえ、もう付き合っていられないと思う部分もある。しかし、仮に鳩山が政権を投げ出しても、そのあとにはもっと大きな政治混乱が起こる。昨年の衆議院選挙で国民が鳩山率いる民主党に圧倒的な議席を与え、権力を預けたという事実は、最大あと3年は有効である。
政治学者、丸山真男は、福沢諭吉の言葉を引き、政治とは悪さ加減の選択であるとしばしば言っていた(丸山「政治的判断」、『丸山真男セレクション』平凡社)。とはいえ、良いも悪いも、丸山が生きていた時代には自民党による一党支配が続いていたので、選択の余地がなかった。丸山のこの言葉は、政権交代が現実のものとなった今こそ、意味を持つ。今の民主党政権と、次に出てきうる政権と、どちらがより悪くないかという思考こそ、成熟した市民の課題である。
先日、堀田善衛のエッセー、「出エジプト記」(『天上大風』ちくま学芸文庫)を読んでいたら、目から鱗が落ちる思いがした。彼は言う。「自由と解放の後に幻滅の感が来ないとしたら、そっちの方が不思議なのである」。「民主主義は、それ自体に、これが民主主義か?という幻滅の感を、あらかじめビルト・インされたform of government(統治形態)なのであった」。当初の理念に反することが起こった時、こんなはずではなかったと思えることをそのまま批判できるからデモクラシーである。理念に反することが起こった時、それをあえて正しい方向に進んでいると強弁するのは、独裁政治のやり口である。
となると、いましばらく鳩山政権と民主党に対し、こんなはずではなかったと言い続けるとともに、政権交代の成果について肯定的に評価するという、両面の対応を続けるしかないのだろう。実際、情報公開の拡大、事業仕分けによる官の聖域に対する追及など、政権交代によってはじめて実現した成果もある。
半世紀以上続いた自民党政権と政官癒着の中で築かれた利権の構造を究明、是正する作業は、一瀉千里には進まない。民主党のもとで息長くそうした作業を続けるのが、当面の重要課題である。
ただし、民主党の側も政権を持続したいなら、思い切った自己点検、自己修正をしなければならない。何よりも必要なことは、この間の民主党の行動の中で政権交代の大義にもとるものについて、自ら懺悔すべきである。さらに、今後の日本社会が目指すべき方向について、中期的展望を示し、国民の不安や憂慮に責任をもって答えるべきである。政府与党の指導部だけではなく、選挙で選ばれた政治家の一人一人がそのような声を発する時である。
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