はじめに
政権交代とは、戦後日本を統治してきた自民党と官僚機構が権力と権威を失っただけで、単なる混沌を招来しただけなのだろうか。民主党による政権交代がパンドラの箱を開けたとして、その奥底に希望を見出すことはできるのだろうか。戦後初の民意による政権交代から一年半近く経とうとしている今、我々はこの深刻な問いに取り組むことを余儀なくされている。
国政を担う二大政党があまりにも無力で、国民の期待を裏切っているために、地方政治では既成の政治の破壊だけを売り物にする怪しげなリーダーが出没している。パンとサーカスで大衆を扇動するポピュリズムに、政党政治が自ら道を開く瀬戸際まで来ている。通常国会では、予算や予算関連法案をめぐって与野党の対決が深刻化し、統治がマヒ状態に陥る可能性もある。様々な危機を見据えて、政党政治の立て直しを論じることが今必要である。
民主党に対する幻滅が決定的となった今、政党政治と辛抱しながら付き合うという感覚は持ちにくい。しかし、自民党に代わる政権政党を作り出すということは、半世紀がかりの大仕事である。期待が大きかったあまり、民主党政権のすべてを否定するという態度は誤りである。今までの経験を通して学習し、矯正すべき部分と、政権交代の大義に照らして逸脱した現状を厳しく批判するという部分を識別することが必要である。
同時に、今の民主党政権が実現できること、優先的に実現すべきことをある程度絞り込むという現実的な対処法を取るべきである。内政、外交の両面で、この政権にして欲しいことはたくさんある。そして、沖縄の米軍基地縮小のように、菅政権が本来民主党の進むべき方向からかけ離れているテーマも多い。しかし、政治家に知的な蓄積がない現状で、安全保障政策の転換が進むはずもない。政権が取り組む政策綱領を絞り込み、力を発揮できる領域でその実現を図ることを応援することが必要である。
菅政権が決定したり、これから推進しようとしたりしている政策には、法人税減税のように、政権交代を支持しなかったものに大きなプレゼントを与えるものがある。見当違いのプレゼントを与える政権を批判することも大事だが、社会の中で不当なプレゼントを要求する人々を批判することも必要である。政権の行動は社会の力関係の反映である以上、社会における力関係を少しでも変える努力をしなければならない。その意味では、政権に対して期待はずれという批判を繰り返していても、効果はない。
民主党や菅政権に対しては、それこそ文句が山ほどある。しかし、単に支持率が低いというだけでこの政権を倒すならば、政党政治の自壊への道に歩を進めることになる。一年足らずでまたしても政権崩壊ということになれば、国民の政党不信は無限大となる。自民党政権に戻すという選択が魅力的なものでないことも明らかである。その後に出てくるものは、既成政治の否定だけが売り物の新勢力である。政治の世界では、常に悪さ加減の選択が必要である。投機的な政党再編に一縷の期待をつなぐというのは、政治にまじめに取り組む人間のすることではない。
1 民主党における常識の必要
政党政治の立て直しを考えるに当たって、今更の感もあるが、民主党政権の失敗の理由を明らかにしておかなければならない。民主党にはいろいろな問題があるが、最大の問題は政策以前に、政党、政権の体をなしていないという点で、人々が呆れているというのが実態であろう。与党の政治家の最大の役割は、予算編成など国家の経営のために必要な意思決定を期限までに行うことである。民主党は、党として決定に責任を負うという体制を持っていない。
この点については、長年日本を統治してきた自民党から学ぶべきこともある。自民党には政府提出の政策に関する党としての議論と調整の仕組みである政務調査会、意思決定の仕組みである総務会があり、そこで議論し、決定したことについては党所属の国会議員はすべて責任を負うという建前になっていた。与党の政治家が責任感を持つということは、統治の大前提である。責任感の中身には、目先の人気や忠実な支持者の利益だけを重視するのではなく、広い視野でものを考えること、一度決まったことには個人として不満があってもそれに従い、支えることなどがある。政権を担えば、あちらを立てればこちらがたたずといった類の問題について、意思決定を繰り返していかなければならない。その種のトレードオフから逃げず、これを引き受けることこそ、政治家の責任である。今から思えば、二〇年前までの自民党はそうした意味での責任感を持った政党だったと懐かしささえ覚える。
民主党は、上命下服の組織原理を否定し、自由闊達な議論を党の作風としてきた。エンドレスの政策論議は野党にとってはよい訓練かもしれないが、与党になれば一定の期限までに物事を決着しなければならない。民主党は、政府与党の一体化という掛け声の下、政権交代直後に党の政策調査会を廃止した。その結果、政務三役以外の大量の議員が政策論議や意思決定から排除され、いわば政権運営に関するアパシーが広がった。民主党が政策面での発信能力を持たなかったのは、このようなアパシーゆえである。
また、官僚支配の排除という名目で、政務三役や閣議に意思決定を集中しようとして、かえってこれらの政治家があまりに多くの仕事に押しつぶされるという結果に至った。政治的リーダーの無意味な多忙さも、決定に対する責任感を希薄にさせた一因であった。
これらの問題については、民主党の政治家自身が気づき、修正を始めている。形式主義的な官僚排除を見直そうとすれば、メディアは官僚支配の復活という冷笑を浴びせるだろう。しかし、その種の自己修正は見守るしかない。さらに、政策調査会を復活させた以上、議員が政策論議に参加し、党として意思決定を行うためのルールを確立しなければならない。たとえば、政策調査会の部門会議における議論と決定のルールを作り、さらに常任幹事会における意思決定のルールを明確化して、政党として意思統一をするものだという序死期を確立する必要がある。これを通して、トレードオフについて責任を持って決定するという感覚を党全体で共有しなければならない。政権交代以後、一年半ほどの民主党は、まさに仮免許状態だったのであり、そのことを率直に謝って、新しい体制を作るしかない。
2 政権交代の大義と政策的基軸
与党としての心構えの次にぶつかる、より大きな問題は、民主党政権の政策的基軸の再確認という作業である。よく言われてきたことだが、小選挙区制を導入したことで自民党以外の勢力が集約され、民主党ができた。野党の冷や飯を食いながらも、ともかく党を持続したからこそ、自民党が自滅したときに民主党は政権の受け皿となった。その意味で、政権交代は実体的政策以前の政治制度の変革によって起こったと見ることができる。
また、小選挙区のもとで政党は選挙の勝利を至上命題として追求する結果、明確な対立軸に基づく政党間競争は成り立たないという説得的な、身も蓋もない指摘もある(空井護「理念なき政党政治の理念型」、本誌、2010年8月)。そうした現実をわきまえた上で、政党が理念を追求することの可能性を考えなければならない。
民主党に綱領が存在しないことは、しばしばこの党が理念的基軸を持たないことへの批判として語られる。一月の党大会では綱領策定を進めることが一応決められた。しかし、対立軸の困難な時代において、政党が機会主義になることは必ずしも悪いことではない。政党にとっては、万古不易のイデオロギーを探すことよりも、同時代の問題を察知し、その解決を図る際に役立つ道標を見つけることのほうが重要である。問題認識や打ち出す処方箋の適格性をめぐって、政党は競争するしかない。
民主党は96年の結党時には旧社会党や新党さきがけの議員が集まり、西欧の中道左派を志向する雰囲気があった。しかし、その後様々な勢力が加わり、自民党ではないということ以外に共通項が見えない政党となった。小沢一郎が代表だったときに「国民の生活が第一」というスローガンの下、社会民主主義的な再分配路線を採用したことは、彼が小泉政権末期に代表となり、構造改革がもたらした社会、経済の疲弊を救済するという方向で政権構想を考えたからであった。その意味で、民主党の社民化は深い路線論議に基づくものではなく、偶然であった。そのことは、政権獲得後の政策実現にとっていろいろな制約要因をもたらしている。先に述べたアパシーも、その一つである。しかし、同時に現代の政党における路線の採択はそのような偶然でしか進まないという現実を無視するわけにもいかない。
生活第一路線は、ポスト小泉改革の時代、生活苦を感じるようになった国民に支持された。問題は、民主党がその機会を生かして、生活第一路線を実現する実際的な能力を発揮するかどうかである。民主党の議員が全員社会民主主義の思想を持つ必要などない。しかし、国民から負託を受けた以上、この衆議院の任期中に生活第一を具体化する政策を一つでも多く実現することは、民主党の責務である。政治家に必要な理念とは、このような専門職業人としての責任感である。
そのような観点から菅政権による政策提起を見れば、否定的な評価を下さざるを得ない。昨年末、外交上の不手際が重なって支持率が急落したとき、菅首相は経済成長戦略の一環として法人税の減税を決定した。また、領土紛争や朝鮮半島の緊張を受けて防衛大綱を見直し、基盤的防衛力に変わる動的防衛力という概念を打ち出した。また、実現には至っていないが、武器輸出三原則を見直す姿勢も明らかにした。これらはいずれも、民主党政権が総選挙の際に訴えていなかった政策転換である。菅政権は、政権交代に希望を託した人々の思いを無視し、民主党には一度も投票したことがなく、政権交代など起きて欲しくないと思っていた集団の意向を必死で聞こうとしているようである。そのことこそ民主党への失望が広がっている最大の原因であることに、指導部は気づくべきである。
3 民主党の統合と小沢問題
昨年九月の代表選挙以来、「小沢対反小沢」という軸が民主党内の権力闘争の基調となった。小沢一郎元代表に対する政治資金規正法違反による強制起訴が近づくにつれて、民主党の内紛が激化するようになった。菅首相は、小沢の疑惑に対する強硬な姿勢を、支持率浮揚のための材料にしている観がある。しかし、それは安易な発想である。小沢に対する検察の捜査は、政党政治に対する官僚権力の介入という別の問題をはらんでいる。検察の暴走が明らかになった今、起訴されただけで離党や議員辞職を要求するというのは、政党政治の自立性を自ら放棄することにつながる。
他方、小沢の側にも、犯罪事実があったかどうかは検察が証明する責任を負うという姿勢を続けるだけでは不十分である。与党の実力者は、身に覚えのないことであっても、疑惑が持ち上がれば進んで自らそれを払拭するための努力をしなければならない。進んで公開の場に出て、野党の追及の矢面に立つことが政治家の宿命である。小沢が国会で釈明することを拒み続けるのは、民主党ももう一つの自民党に過ぎないという失望感を広めるだけである。
この問題も、政権交代の大義に立ち戻ることによって解決するしかない。まず、政権交代の実現に当たって小沢が果たした役割を正当に評価する必要がある。政権交代は小沢なしにはありえなかったのであり、民主党の指導部は小沢に対する敬意を持たなければならない。同時に、政治における不透明な金のやりとりを排除するというのが民主党の原点であり、小沢もその点について説明する義務を負う。折角実現した政権交代が、資金疑惑で意義を失うのはもったいないではないかという論理で小沢に働きかけるしかない。
民主党内で結束を取り戻すということは、政策面で政権交代の大義を思い出すこととつながっている。小沢支持グループはマニフェスト遵守を主張して、菅首相のマニフェスト見直しと対決している。もちろん、菅首相自身が、マニフェストを捨て去り、新自由主義に回帰しようとしているのではないかという疑惑を招いていることは否定できない。
しかし、政権交代から一年半たち、予算編成を二回行った後で、マニフェストを完全に履行せよと叫ぶのも、無責任な話である。マニフェストの財源に関する公約は不十分なものであった。政権獲得後、無駄を省く努力はそれなりにしたが、それによって数兆円規模の財源を確保することは無理だということもわかったはずである。また、マニフェストの中には地球温暖化対策の強化と高速道路無料化や揮発油税の暫定税率の廃止のように、矛盾するものもある。
したがって、生活第一の理念に照らして、マニフェストの中のどの政策から先に実現するかという優先順位をつけ、そのための財源をどのように確保するかを考えるという作業にまじめに取り組まなければならない。民主党の議員はすべてその作業から逃れることはできない。
マニフェストと民主政治の筋道の関係について、日本ではまだ常識が形成されていない。選挙に勝った政党がマニフェストを無視して、全然別の政策を実現するのは、民主政治の破壊である。しかし、マニフェストをすべて実行しなければ国民への背信になるというのも、極端な議論である。重要なことは、選挙の際に国民に訴えた基本的な理念を維持し、それを実現するための柱を実現するという態度である。基本をはずすことがなければ、国民もマニフェストの見直しを許容するであろう。
菅首相が何よりもはっきりさせるべきことは、生活第一という理念を堅持することである。生活第一を、責任を持って実現するために、税制や社会保障制度を改革することが必要だという論理で、与党や国民を説得するしかない。首相を批判する側にとって、小沢を厄介払いしようとする姿勢は、生活第一を破棄しようとする態度に重なって見える。そのことが民主党の混迷の最大の原因である。TPP(環太平洋経済連携協定)への参加は、生活第一への逆行という批判を受けて当然である。菅首相の言う「開国」が国民生活を守ることにつながるために何が必要か、じっくり考えるという姿勢が必要である。
4 税・社会保障一体改革をめぐって
菅首相は、一月の内閣改造において与謝野馨氏を経済財政担当大臣に任命し、税制と社会保障制度を総合的に改革することに意欲を示した。これについては野党の反発はもとより、与党内からも増税シフトという批判を集めている。しかし、この布陣には、生活第一を国民合意のもとに安定した政策基軸に高める可能性があると期待できる。
そもそも与謝野氏は、自公政権末期の社会保障国民会議や安心社会実現会議の中心として、社会保障改革の議論を主導した経験がある。この二つの審議機関は、小泉退陣後の自民党が構造改革路線からの軌道修正を図るために設置したものである。当時、小沢民主党が生活第一を掲げて支持を拡大していたことに危機感を持ち、自民党も国民生活を支える政策を追求したことは事実である。二〇〇九年の民主党の勝利は、もちろん生活第一路線の勝利であったが、それは当時の自民党ではなく、小泉改革という幻影と闘った勝利でもあった。当時、小さな政府路線からの転換に関しては、程度の違いはあったが、実は政党間で共通の問題意識が存在したのである。
実際に民主党が政権を取って、年金、医療、介護など生活を支える基幹的な制度の拡充に着手する段階では、やはり周到な戦略が必要となる。曖昧にしていた財源確保の方法についても、踏み込んだ議論とメニューを示さなければならない。
菅首相と与謝野氏が目指そうとしているのは、かつて自公連立の福田、麻生政権でも主張していた「人生全般をカバーする社会保障」である。これは高齢者に偏ってきた従来の日本の社会保障を見直し、子どもから高齢者に至るまで、それぞれのライフステージにつきまとう様々なリスクをカバーするよう、政策を立て直すという理念である。また、リスクに見舞われた弱者に対して現金給付を行うことだけではなく、意欲と能力を持つすべての人が働くことを通して社会参画できるように支援することを社会保障の基軸に据えるというものである。日本では神野直彦氏が北欧諸国の経験をもとに、日本でもこのようなモデルを取るべきと提唱してきた。福田、麻生政権以降の自民党の展開と民主党の言う生活第一の両方を公平に視野に入れるならば、新しい社会保障モデルで幅広い国民的合意を構築することも、決して荒唐無稽な話ではない。
もちろん、気息奄々の菅政権がいきなりこのような合意を求めても、すぐに議論が進むわけではない。ただし、野党の抵抗については憂慮する必要はない。下野した後、敗北の総括もせず、敵失で政権復帰をねらう自民党に対しては、国民の期待は大きくない。自民党が通常国会での政権破綻を目指し、政局第一で立ち回るなら、世論の支持は得られない。予算関連法案を葬り去ることは、今の空洞化した野党にとっては、きわめてリスクの大きな選択肢である。
問題は、国民の理解を得るための手順と議論の中身である。各種の世論調査が示すように、国民は社会保障を確保するためであれば、税負担の増加を受け入れる用意があると考えている。しかし、税制改革や負担増の問題を議論するときに、人々が不信感を持つのは、負担増がどのような社会をつくり出すことにつながるのか、はっきりした道筋が見えないからである。
その際の障害は、財務省と経済界という二つの主体である。財務省は財政赤字の縮小のために一貫して増税に執念を持っている。その健全財政主義には二つの欠陥がある。第一は、増やすべき税源として消費税に偏っている点である。金額としては消費税率の引き上げがすぐに大きな歳入増につながるとしても、公正、公平な負担という理念に照らせば、増税の手順を十分議論する必要がある。第二は、負担増によってどのような社会を目指すのかという基本的理念が空白だという点である。本来、財務省の主計官僚は予算編成の事務屋である。大きな負担で大きな福祉国家を作るのか、小さな負担で貧弱な社会保障を選ぶのかは、国民が決めることである。しかし、財務官僚は分際を超えて、国民の選択を先取りしてきた。税と社会保障の一体改革の中では、このような財務官僚の越権を打破しなければならない。
経済界およびその利益を代弁する一部のメディアは、依然として小さな政府のイデオロギーを信奉している。彼らは民主党政権の積極的な社会政策をバラマキと非難する一方で、法人税減税を要求してきた。いまどき、医師会や建設業界などの伝統的な利益集団は政治の力を使って業界の利益を追求することについて控え目である。その点で経済界は、臆面もなく自己利益を主張する最後の圧力集団である。日本の企業が利益を追求するために労働市場の流動化を進めたことこそ、日本人の生活の安定を脅かす一因となった。かつてのように終身雇用で日本人の生活を支えろというのは過剰な要求だろうが、それが崩壊した今、社会の底割れを防ぐために応分の負担をせよというのは、全うな要求である。経済界が消費税率の引き上げを要求するのは、単に国債の暴落を防ぐためだけであろう。そんな動機の議論が国民の理解を得られるはずはない。
政治指導者のリーダーシップとは、これらの強者に対して発揮されてこそ本物である。無縁社会と言われるほど社会がここまで衰弱した今、社会保障の再建は急務である。本来手段であるはずの税制改革が自己目的にならないよう、大きな社会ビジョンを示し、財務省の官僚的発想や経済界の自己中心主義を打破することこそ、首相の仕事である。民主党政権を辛抱強く見守るといっても、これだけは譲れないという最後の一線を引かなければならない。菅首相が、財務省や経済界に対して筋を通すことができるかどうかこそ、最後の一線である。
おわりに 政党政治と辛抱して付き合う
民主党政権は期待はずれだったという議論は、新政権はマニフェストなど設計図どおりに物事を運ぶはずだという前提に乗ったものである。しかし、政治は設計図に描いてある家を建てる作業とは根本的に異なる。そうした素朴な誤解は、マニフェストを日本的にゆがめて流布させた一部の学者の責任でもある。まして、政府を動かした経験のない政治家が始めて政権を担ったのだから、想定外のことが起こるのも当然である。
政権交代とは、単に権力者を入れ替えるだけではない。新しい権力者に任せきりにしていては、政権交代の意義などたちまち消え失せる。我々のおかげで政権を取ったのだから我々が望む理念を追求せよというふうに政権に対して声を上げ続けることが、選んだ側の役割である。湯浅誠氏が本誌で指摘したように、社会の側から働きかけないからこそ、政府は社会における既存の力関係に沿って政策を作る(湯浅誠、「社会運動と政権」、本誌2010年6月)。
政権交代の際に国民に訴えた基本的な理念が持続されるならば、政権運営の経験をあれこれ重ねてきて、その中で具体的なテーマを設定したというアプローチを取ることも、否定されるべきことではない。
もちろん、このように政権交代の結末を辛抱強く見守ろうと主張することと、政権が何をしても許すということは同じではない。譲れない一線を持ちつつよりましな道を選ぶという態度で政治を見ることこそ、政権交代可能な時代を切り開く市民に求められる。
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