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国際山岳年の現実と課題
小野 有五
 
 

 国際山岳年は、1992年、リオデジャネイロで開かれたいわゆる地球サミットで生まれた。21世紀の具体的な行動計画であるアジェンダ21の第13章に、山岳環境保全の重要性が盛り込まれたからである。しかし、国際山岳年の実現はなんと10年間も遅れ、リオ・サミットから10年後の今年、2002年がやっと国際山岳年となった。山岳環境の保全がきわめて多くの分野にわたることも、実現が遅れた要因であろう。山岳地域の林業や農業の持続的な発展を目指すということで、国連のなかではFAOが主務機関になった。

 日本では、FAOと直接の関わりをもつのは林野庁であるが、林野庁にしてみれば関心の対象は森林だけで、国際山岳年が目指す幅広い分野はほとんど視野に入ってこないのである。こうした状況のなかで、なんとか国際山岳年へのまともな対応を考えようと、山岳の地理学を専門とする研究者と山岳会関係者が中心となり、2001年の暮れにつくったのが「国際山岳年日本委員会」である。委員長には登山家の田部井淳子氏、特別顧問には山岳に長く関わってこられた梅棹忠夫氏と吉野正敏氏になっていただいた。

 国際山岳年が目指すのは、山岳地域の持続的な発展である。山岳は高く、強いものの象徴のように思われがちだが、たとえば氷河や高山植物は、地球温暖化の影響を真っ先に受け、山岳氷河では急速な後退が始まっている。高山植物も、地球が温暖化すれば逃げ場を失い、絶滅するだけである。高山植物には盗掘や踏み付けによるインパクトも深刻で、温暖化より、それらによる絶滅のほうが危惧される種類も多いのが現実である。

 氷河の後退は、地球上の乾燥地域にとっては水資源の枯渇という重大な問題を引き起こす。中央アジアでも、オアシス都市の水環境は、周辺の山岳氷河からのとけ水に依存しているのである。日本とても例外ではない。日本に氷河はないが、北アルプスや上越の山岳の豊富な積雪や残雪が気候変化で減少すれば、太平洋側の大都市は維持できなくなるのである。降水がすぐには流出しない雪として降ること、さらに流出が森林によって緩和されることが重要なのであり、ダムさえつくれば水がめが確保できるように思うのは誤りである。

 山岳地域の持続性を考えるとき、第一に問題となるのは山村の人々の生活であろう。現在の日本では、その多くがダムや林道工事といった土木公共事業に依存しる。ダムや林道は無限にはつくれないのだから、これらの生活形態が持続的でないことは明らかであろう。山村の持続的発展を目指すなら、山岳でのエコツーリズムが第一に検討されるべき課題であろう。そのような意味では、今年が同時に「国際エコツーリズム年」にされたことは有意義であった。私たちは、7月に旭川市・上川町、大雪山で「山岳エコツーリズム・フェステイバル」を開催し、3日間でのべ800人以上もの参加者があった。ここでは、山岳地域が持続的に生きていくために、その自然をいかに保全すべきか、東京などの大資本にではなく、地元にお金を落とすしくみをつくるにはどうすべきかが、日本最大の山岳国立公園である大雪山をモデル地域として具体的に検討された。

 エコツーリズムでは、宿泊施設で出す食事も、地元でとれた汚染されていない農水産物、電気も、風力やソーラーなどの自然エネルギーでまかなうのが基本である。森林の間伐材を使った木質バイオマス発電は有効な持続的エネルギーであろう。北海道大学大学院地球環境科学研究科の地球生態学講座で始めたような、大学院レベルの自然ガイド養成も、エコツーリズムの実現には欠かせない。北海道や長野県では、このような山岳に関わる教育システムの確立そのものが、若者を地域によびこむ経済効果をもつのである。

 世界的にみれば山岳地域はまた先住民族の生活域でもある。先住民族の権利、生活環境の保護を無視して山岳の持続的発展はありえない。北海道では、たとえば国立公園の管理・運営にアイヌ民族を加えていくこと、アイヌの若者から自然ガイドを養成していくことは、近い将来の重要な課題となるはずである。国際山岳年は1年で終わるのではない。今年はまさに山岳の環境を広い視野からみんなで考える始まりの年なのだ。

(雑誌「科学」(岩波書店)2002年12月号(Vol.72/No.12))