(2002年度)
本研究は、山口二郎(北海道大学大学院法学研究科教授)を研究代表者とする「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究」というプロジェクトによるものである。平成14年度学術創成研究として採択されたものであり、平成18年度までの5年間にわたって研究が展開される。
本プロジェクトは、当初次の13名の研究者で発足した。現メンバーについては、メンバープロフィールの項を参照のこと。
名前
|
部局 職
|
山口二郎 |
北海道大学大学院法学研究科 教授
同研究科附属高等法政教育研究センター長 |
中村研一 |
北海道大学大学院法学研究科 教授 |
宮脇 淳 |
同上 教授 |
新川敏光 |
同上 教授 |
宮本太郎 |
同上 教授 |
尾崎一郎 |
同上 助教授 |
遠藤 乾 |
同上 助教授 |
山崎幹根 |
同上 助教授 |
濱田康行 |
北海道大学大学院経済学研究科 教授 |
井上久志 |
同上 教授 |
小野有五 |
北海道大学大学院地球環境科学研究科 教授 |
櫻井恒太郎 |
北海道大学医学部附属病院
医療情報部 部長
北海道大学大学院医学研究科 教授 |
魚住弘久 |
北海学園大学法学部 助教授 |
|
この研究は、グローバリゼーションに伴う様々な政策課題に対して、国際機関、国家、地方政府がどのように対応しているか、課題の解決のために政府、市民社会がどのように行動し、そこにどのような自己統治(ガバナンス)の仕組みが形成されているかを、いくつかの政策分野にわたって解明することを目的としている。研究方法としては、社会調査、政策形成・実施に関するケーススタディの蓄積、意志決定手続きに関するモデル構築などが準備されている。また、この研究テーマに関する政府資料の収集によるアーカイブの構築も重要な課題である。これらの研究活動を通して、地球規模の政策課題に対応した民主的政策決定・実施のシステムのあり方、政府と市民社会とのあるべき関係について提言することが究極的なゴールとなる。
経済、環境、医学など個別政策分野に関する専門家に共同研究に参加してもらい、本来の意味における学際的な研究を目指していることも、本研究の特徴である。
本研究は、まずグローバリゼーションがもたらす新しい政策課題に対して、国家という旧来のアクターおよび市民活動、自治体などの新しいアクターがそれぞれどのように対応しているかを検証する。そのうえで、課題の性質変化に対応した政策決定・実施システムのデザインを検討し、《国家、自治体、NGO、地域統合組織、国際機関などが共通の問題を解決するために対立する意見を調整しながら取り組む》というガバナンスのモデルを提示する。そして、グローバルな具体的政策課題に対してこのモデルを適用して政策システムを構想することを目的とする。その際、グローバリゼーションに伴う諸問題のうち、特に人間にとって最も根源的な生命・生態系、および労働を含む人間の社会経済活動(ワークフェア)が危機に瀕していると考え、これらの領域における政策をテーマとする。考察の対象は主として日本の中央、地方政府であるが、国際的政策形成システムと国内アクターとの関連、同様の課題に対応する外国の中央、地方政府、市民活動との比較を重視する。
具体的には、次の4つのレベルにおいて、グローバリゼーションが投げかける政治的挑戦について検討、解明する。
A グローバリゼーションに伴う社会経済的構造変化の把握
A1 市場化、リスク増大に伴う社会、経済的ストレスの把握
グローバリゼーションは、市場競争の浸透や、情報、資本、財の高速移動に伴うリスクの拡大として現れる。これが人間の経済生活や生態系、生活環境にどのようなストレスをもたらしているかを明らかにする。
A2 情報化、民主化に伴う市民性(citizenship)の発展の把握
グローバリゼーションは、80年代末以降の冷戦構造の崩壊、各国の民主化によって加速された。こうした情報化、民主化、公開や説明責任などに関する制度の国際的標準化にともなって、市民の政策課題に関する認識や社会参加に対する意欲がどう変わったかを実証的に解明する。
B 反応的政策形成の検証
A1で捉えられたストレスに反応して、既存の政府は様々な対策を行った。90年代の様々な改革を中心に、それらの政策や制度改革は、旧来のレジームの自己保存のための反応という性格を持っている。その効果を検証し、その限界と残された政策課題、改革自体が新たにつくりだした政策課題を明らかにする。
C レジーム革新の探索と評価
新たな問題解決のために、A2で指摘した市民性の成長を基盤として、国際組織・国家・地方自治体の意思決定・実施システムの改革や政府と市民社会との協働システムの開発が様々な国、地域で試みられている。これらのすぐれた試みを追跡し、それらの事例研究から新たなレジームの機能と意義について評価し、グローバルな政策争点に対応するガバナンス(市民社会の自己統治活動)のモデルを構築する。
D Bで指摘されたグローバルな政策課題に対して、Cで構築したガバナンス・モデルを当てはめて分析・考察を加え、新たな政策モデルを提示する。
1 従来の研究状況
政治学の記述的研究においては、冷戦構造崩壊のインパクトによる日本の政治秩序の揺らぎと再編、90年代後半における政治・行政の制度改革と国際環境の変動との連関に関する分析が行われる。しかし、それらは日本の政党や官僚制など特定のシステムの変化を説明する射程の短いものであり、グローバリゼーションと国内のシステムとの連関を捉える包括的なモデルはまだ現れていない。
また、規範的論議は、それ自体極めて希薄であり、そのほとんどは旧来のガバメントの枠組を前提とした制度改革論である。ガバナンス(市民社会の自己統治)という概念は最近しばしば使われるようになったが、日常的には行政と市民の協働というスローガンが使用される程度である。環境問題解決のための生活スタイルの修正、福祉社会維持のためのボランティアなど、受益を越えた問題解決について、民主主義で決定できるかどうか、論議はまだ未成熟である。
経済学においては、市場化としてのグローバリゼーションを与件とする議論と反グローバリズムとが、互いに切り結ぶことなく並存している。金子勝らによるグローバリズム批判は重要な理念の提示を行っているが、個別の政策領域で現に進行するグローバリゼーションに対する具体的な改革案やそれを決定・実施するための政治・行政のシステムについての議論には発展していない。
2 本研究の独創性
本研究のメンバーにはこの10年ほど、中央政治における政党、官僚制の変容に関する分析、地方自治体における制度改革に対する実践的参画の両面の活動を行ってきた者が多く、その活動の中で中央政府の問題解決能力の低下を目の当たりにし、政策決定・実施に関する規範的モデルの必要性を感じるようになった。その際、具体的な政策領域の専門家との協働による現状分析と理論開発が不可欠の要素となると痛感している。
本研究の独創性は次の4点に要約される。
i ガバナンスを担う市民に注目する
現在の日本において、市民とは依然として論争的な概念である。90年代の自治体改革の中で公共的問題の解決に参画する市民が形成されてきたことは事実であるが、他方で統治の客体、利益配分政策の受益者という意識を持つ人々が既存の政治システムを維持しようとする傾向も強い。改革が定着している自治体において広範な意識調査を行うことで、市民性のレベルを実証的に明らかにする。これに基づいて、ガバナンスの可能性について現実的な議論を可能にする。
ii 市民社会の自己統治について事例研究から帰納的にモデルを構築する
市民社会の自己統治活動の萌芽は、日本や欧米の地方政府において現れつつある。本研究参加者の持つ自治体首長や市民活動との広範なネットワークを活用して、それらに関連する詳細な事例研究を行い、そこからガバナンスについて帰納的なモデルを構築する。
iii グローバリゼーションに対して市民社会による制御の可能性を追求する
今までの政策論議において、グローバリゼーションは国内の社会、経済環境にストレスをもたらし、複雑な政策課題を作り出す与件として位置付けられていた。これに対して、本研究においては、まずグローバリゼーションを制御する際の基本的理念として、市場化圧力に対する人間的価値の擁護、巨大化するリスクの逓減と管理、地球的問題群の解決という3つを提示する。そして、市民社会の国際比較を通して、ガバナンスの国境横断的な連携の可能性を探り、市民社会に根を置く対抗グローバリゼーションの可能性を探求する。これにより、市民社会がグローバリゼーションを制御する可能性を追求する
iv 具体的政策課題について自然科学の専門家との学際的討論により政策モデルを提示する
ii、iiiは政治学における手続き的な汎用モデルの論議にとどまってはならない。本研究の最大の特長は、経済学、医学、環境科学などの専門家との学際的な討論と協働によって、実体的な政策モデルと政治・行政の制度改革との連動を目指す点にある。
|