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アメリカで見た民主政治の危機
山口 二郎
 
 

 目下、日本政治について講演を行うため、アメリカ西海岸を旅行中である。こちらでは一一月五日に中間選挙が行われ、共和党が上下両院で過半数を獲得した。この結果は、アメリカ国民がブッシュ大統領に信任を与えたものと理解されている。最初の任期の中間選挙で与党の議席を増やした大統領は、フランクリン・ローズベルト以来の快挙で、ブッシュ政権は対イラク政策や減税など内政、外交両面で政権運営について自信を深めている。

 政策論争がかみ合わなかった、テレビコマーシャルによるイメージ選挙の中で争点がぼやけたといった型にはまった政治批評は、日本でもアメリカでもあふれている。実際、共和党は大量の資金を投入してテレビコマーシャルを流し、それが接戦の選挙区における勝利につながったことも事実である。何よりも九・一一の衝撃がアメリカ国民の意識に深く沈殿していることが、この選挙結果の意味だと思われる。理念や政策をめぐる論争よりも、とりあえず国の安全が一番という感覚は、現職大統領への支持につながっている。一種の政治的思考停止状態の中では、野党が苦戦することも当然の帰結であろう。

 日本でもアメリカでも、民主党は選挙の敗北を受けて混乱状態にある。そして、興味深いことに、どちらの民主党も悩みは同じである。すなわち、政府の進めようとしている政策に協調するという路線をとるのか、政策的な対立の軸を作り出すのかという基本的な戦略をめぐって、党が明確な柱を立てられないところが、日米の野党の弱点である。アメリカ中間選挙でも、外交・安全保障はもとより金持ち優遇の減税などの国内経済政策にいたるまでブッシュ政権の政策に同調しようとする中間志向の議員と、環境や社会保障についてグローバリゼーションのひずみを是正するための政策を打ち出そうとする対抗勢力志向の議員との間で対立が存在し、民主党という政党の性格を国民に理解させることができなかった。この点は、二〇〇四年の大統領選挙に向けて大きな宿題となった。

 どのようなテーマにせよ、今の時代、白紙の状態から政策を作ることはできない。政治家や官僚は、さまざまな制約の中で政策を作ることを余儀なくされる。日米両国のリーダーを見ていると、「ほかにやり方があるか」という開き直りが権力を支えているようにも思える。日本の場合、かろうじて与党内の「抵抗勢力」がほかのやり方を示そうとしているが、日米ともに野党の側はそうした開き直りの前に、対決するのか協調するのかを決めかねてひるんでいるというのが実態である。

 しかし、野党の政治家が「ほかにやりようはない」と言ってしまえば、野党の存在意義のみならず民主政治の存在を否定することになる。民主政治とは、国民が自ら生きる社会のあり方を変えていく営みに他ならない。政府が「これしかない」といって打ち出した政策が本当に人々のためになっているかどうかを吟味し、別の方法を考えるのが野党の役割である。

 話をアメリカに戻せば、「これしかない」という諦めが民主政治を蝕んでいるように思える。アメリカでは九〇年代の反映の中で、貧富の格差が大きく広がった。「勝者みな取り」というグローバル経済のルールは、社会の至る所にひずみを生んでいる。ブッシュ政権の掲げる金持ちのための減税で本当に利益を得るのはごくひと握りの人間でしかない。では、なぜ民主党はブッシュ大統領の政策に反対することを逡巡するのか。社会のおおむねを占める中堅層の実態が見えていないからに他ならない。教育、社会保障、住宅など人々の生活に密接に関連するテーマについて、政府の責任を明確にするような政策がアメリカでも求められている。

 もう一つ、アメリカの民主政治の危機をうかがわせる現象がある。選挙結果をめぐる報道に隠れて日本では注目されていないが、アメリカでは投票率の低下が深刻になっている。日本と異なり、アメリカでは選挙に参加するためには、市民自身で有権者登録をしなければならない。各党も有権者登録を呼びかけるが、全有権者の中で実際に投票したのは三分の一しかいない。そもそもブッシュ政権の政策に反対しそうな貧困者は、社会の底辺に沈んでいて、最初から選挙に参加しないのである。また、先に紹介したとおり、選挙戦ではテレビコマーシャルが最大の武器となる。したがって、党の資金力がそのまま選挙の帰趨を左右するということになる。具体的な選択肢が存在せず、シンボルの戦いが繰り返される中で、人々は自分たちにとって不利な政策でも、これしかないと思うようになっていく。人々の政治的脱力と、勝者みな取りの政治は悪循環のように進行していく。

 アメリカ民主政治の美点から学ぶことは依然として多い。いくつか弊害もあるが、州や地方政府レベルで市民の運動によって政策を作り出していく直接請求、住民投票の仕組みは、もっと日本に取り入れるべきであろう。この点でも今回の中間選挙では面白い実験が行われていた。しかし、同時にアメリカ民主政治の混迷から学ぶべき教訓も多い。とりわけグローバリゼーションに伴う政策課題を解決するという共通の難問に直面している今、アメリカの教訓は重要である。

 政治の世界で政策の可塑性(人間の力で政策を動かすことができるという感覚)を確保することは、野党の責務である。政府に同調するだけならば、野党はいらない。政府の揚げ足を取ったり、邪魔をしたりすることと、政府に対して他の選択肢を示すことは、まったく別の話である。また、野党が政府の示す政策が誰にどのような影響をもたらすかを冷静に分析し、自分たちの社会のあり方を自分たちで決められるという手ごたえを感じられるようにしなければ、民主政治は衰退する。野党がこうした反省と思索を深めることができるならば、選挙の敗北も決して悪いことではない。

 アメリカ西海岸は日本との経済的結びつきも強い。日本の経済的混迷の継続は、この地域の経済にも大きな打撃を与えるだけに、一般市民の日本の改革に対する関心も高い。私も講演の際、市民から結構本質に迫る質問を受けて驚いた。経済的課題に取り組む時間はあまり残されていないが、日本が自らの手で製作を買えることができるかどうかが注目されている。


(週刊東洋経済11月16日)