北大・市民社会研究プロジェクト企画シンポジウム「岐路に立つ戦後日本」が、二十一日に同大で開かれる。戦後のさまざまな枠組みが揺らいでいる現状をにらみつつ、今後の日本を展望する狙いだ。パネリストとして道外から参加する法政大の杉田敦教授と、元外務省主任分析官の佐藤優氏にシンポジウムの焦点となる点などを寄稿してもらった。 |
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今回の参議院選挙で自民党が大敗したことは間違いない。それでは、民主党が勝利したのであろうか。今回の参議院選挙という局地戦においては、民主党は改選前議席の32を60に伸ばしているので大勝利である。しかし、構造的に民主党支持者が増えたとは到底思えない。それよりも、誰が選ばれても政治が大きく変わることはないという諦念が国民の間で広がっているのだと思う。
実はこのような諦念が生じているのは、政治思想の問題であるということが、政治家にもマスメディア関係者にも国民にもよく見えていないのである。現在、自民党も民主党も「全体の代表」というシンドローム(病理)に陥ってしまっている。特定の利権集団や階級を代表するのではない国民政党というのは、争い事を好まない日本人の文化には一見合致しているように見える。しかし、それは大きな間違いだ。政党を現す言葉が英語でパーティ−(party)であることに端的に表れているように政党とは社会の一部分(part)の利害を現した結社なのである。部分の利害を代表する人々が、選挙という手続きを経て、議会で十分な審議を行った後に、国家政策について折り合いをつけるというのが民主主義の原理だ。もちろん国家予算は限られているし、外交政策には相手があるので、特定の政党の利害がそのまま全面的に反映されることにはならない。他方、正当な手続きを経て出てきた政党の見解を、その政党が少数政党であるからといって無視することは、認められない。
確かに現在の日本には、マルクスが「共産党宣言」の中で描いたような資本家対プロレタリアート、戦前の日本における寄生地主対小作人というような階級対立は存在しない。しかし、社会層の間で確実に利害の対立が存在する。税率について、高額所得者は、所得税率をもっと下げ、消費税を上げることに利益を見出すであろう。年収百万円台のフリーターはこのような税率の変更に利益を見出さない。首都圏に住む人々には追加的な自動車専用道路はいらないであろう。しかし、大病院が少ない地方においては、自動車専用道路の有無が緊急時には生命にかかわることもある。米軍基地の問題でも、沖縄とそれ以外の地域では、地域の政治や経済においてもつ意味が異なってくる。竹島問題についても島根県民には特別の思いがある。かつて外務省は北方領土への人道支援やインフラ整備にあたって、元四島島民が多い北海道、特に道東地区に特別の配慮をしたが、それは過去の歴史的経緯や住民感情からして当然のことと思う。ジェンダーの観点から男女の間に利害の対立があるのは明白だ。
日本社会内部に利害間の対立があるということを認め、どこを分節化し、政治の言語に転換するかというのがプロの政治家に求められる資質だ。より正確に言うと、これは政治家というよりも、政党の内部もしくは周辺にいる有識者、特に学者に求められている役割だ。イギリスやドイツでは、分節化がわかりやすい形でできている。企業経営者、大地主、更に教会などの利害に比較的合致する政策をイギリスの保守党、ドイツのキリスト教民主/社会同盟は採用し、労働者、若年層、シングルマザー、同性愛者などの利害に比較的合致する政策をイギリスの労働党、ドイツの社会民主党は採用している。
二大政党制と言っても、アメリカの共和党と民主党は、それほど政策の相違がないので、選挙は人気投票の要素が強くなる。戦前の日本における政友会と民政党による二大政党制もこれに近かった。その結果、政党によって民意は代表されないという不満が世論に強まり、その世論を背景に1932年(昭和7年)に五・一五事件が発生したのである。世論はテロによって首相を暗殺したという手段はよくないが、動機は正しかったと五・一五事件の被告人たちに対する減刑嘆願運動を展開した。その結果、当初、死刑や無期禁固を求刑された被告人たちも数年で社会に復帰した。腐敗した政党政治の拒否、国家総動員体制の確立という形で、現代風に言うならば「美しい国」、「毅然たる外交」を日本は志向した。その結果が、太平洋戦争であり、敗戦と国家の壊滅であった。
同時代で見るならば、日本の有識者の意識は、ロシア人に近づいているように見える。ロシアでは、共産党の一部を除けば、全政党がプーチン大統領を指示する与党である。さまざまな政党があるが、いずれも当選するための選挙互助会であり、まじめに政策を組み立てていない。従って、各候補者は全ロシア人の代表であることを強調し、イメージに訴える。ロシア人は選挙とは自らの代表者を議会に送ることではなく、天から降ってきた「悪い候補者」、「うんと悪い候補者」、「とんでもない候補者」の中から、「うんと悪い」、「とんでもない」を排除する制度と考えている。
今回の参議院選挙で、このような「全体の代表」シンドロームと異なる動きを示したのが沖縄と北海道だ。無所属で出馬し、当選した、糸数慶子候補は沖縄社会大衆党副委員長だ。沖縄社会大衆党は、沖縄の地域的特殊事情と利害に徹底的にこだわる地域政党である。また、北海道では、落選したものの新党大地副代表の多原香里氏が62万を超える得票をした。2004年の参議院選挙で鈴木宗男氏(落選)の得票数が48万票、2005年の衆議院選挙で新党大地の得票数が43万票であることと比較しても今回の62万票がもつ意味は大きい。人脈、政治綱領のいずれにおいても一見共通性がない社会大衆党と新党大地に通底するのが、徹底した地域主義である。沖縄と北海道で始まった地殻変動が新しい政治思想を日本にもたらすことを筆者は期待する。
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