1.はじめに
情報取引に関する契約法理の確立を狙った、アメリカの Uniform Commercial Code (UCC) Article 2B (統一商事法典第2B編、以下、UCC2Bと略する)の起草作業も、いよいよ佳境に入っている。本章は、本報告書の導入として、この起草作業の概観を提供することを目的とする。もっとも、本研究会での検討成果はすでに一部公表されており(以下、前稿という)(1) 、それとの重複を避けるため、本章では、前稿以降(1997年9月から1999年3月まで)の起草作業をめぐる動きのなかから、とくに重要な点を取り上げてフォローアップを図ることにする。なお、前稿では、「知的財産権と契約自由」をめぐる動きへの言及が不十分であったので、これについてはやや時期を溯って扱うことにする。
2.クロノロジー
前稿が基準とした July-August 1997 NCCUSL Meeting Draft 以降は、以下の9つの草案が発表されている。
- September 25, 1997 Draft
- November 1, 1997 Draft
*ALI Council Meeting (December 1997) - February 1998 Draft
- March 1998 Draft
- April 15, 1998 Draft
*ALI Annual Meeting (May 1998) - Annual Meeting Draft - July 24-31, 1998
*NCCUSL Annual Meeting (July 1998) - August 1, 1998 Draft
- ALI Council Draft: December 1998
*ALI Council Meeting (December 1998) - February 1, 1999
この間、それまでは比較的順調にすすんできた起草作業も、いくつかの前線で抵抗を受けるにいたり、起草者レイモンド・ニマー(Raymond Nimmer)教授が当初もくろんでいた1998年夏のUCC2B採択は叶うところとはならなかった。UCCの編が採択されるためには、National Conference of Commissioners for Uniform State Laws (NCCUSL、統一州法委員全米会議)とAmerican Law Institute (ALI、アメリカ法律協会)の2団体の承認が必要であるが、主としてALIサイドでUCC2Bの内容への疑念が高まったのが大きな要因である。
3.主要な動向
(1)まず、1997年5月のALI総会において、連邦の知的財産権法政策を当事者が契約で回避することを牽制する提案が提出されて採択され(いわゆるマクマニス提案(McManis Motion)(2) 、1997年夏のNCCUSL大会での起草者サイドの巻き返しにもかかわらず、同提案はいわゆるパールマン提案(Perlman Motion)(3) に引き継がれる形で、草案に反映されていくことになった。すなわち、マクマニス提案は、ソフトウェア・ライセンスにおけるリヴァース・エンジニアリング禁止条項を主たるターゲットとして、連邦知的財産権法が認めている情報の利用(リヴァース・エンジニアリングはその一つ)を禁止するような契約条項は強制不能とすべきとするものであったが、パールマン提案を反映した§2B-105(2)は、「基本的公序 fundamental public policy」に反する契約条項を強制不能としている。ここでいう基本的公序とは、主として@イノベーションに関する公序、A競争に関する公序、B公正な論評に関する公序のことをいうものである。この点の詳細は、本報告書の岡本守弘氏執筆部分を参照されたい。
(2)かねてからUCC2Bに反対の立場を表明してきた消費者団体に加え、マクマニス提案・パールマン提案と呼応する形で、学界からもUCC2Bにたいする有力な反対論が公表されはじめる。ともにUCC2Bの棚上げを主張するものであるが、第1は、カリフォルニア大学バークレイ校の声明(1998年7月 16日)(4) であり、第2は、知的財産権法の学者グループによる声明(1998年11月17日)(5) である。とくに後者は、有力な知的財産権法研究者が多数含まれているため、インパクトがあったものと思われる。
前者は、主としてUCC2Bの適用範囲の広さを問題視したもので、UCC2Bの下では書籍のシュリンクラップ・ライセンスまでが可能になることを危惧する。具体的には、図書館等における著作物のフェアユースを萎縮させたり、書籍の読み方についてまでライセンスの対象になってしまう可能性を指摘する。なお、これは、1998年4月23日〜25日にカリフォルニア大学バークレー校で開かれたシンポジウム「情報時代における知的財産権法と契約法―第2B編のインパクト」(6) におけるUCC2Bに対する消極的発言に基づくものである。
後者は主として知的財産権法とUCC2Bとの関係にみられる混乱を問題視するものである。次の諸点が理由としてあがっている。@UCC2Bの適用範囲が知的財産取引の現実にそぐわないこと(ソフトウェア特許をそれ以外の特許から区別しなければならなくなることや、複雑な知的財産取引を分解して部分的に UCC2Bが適用されるという問題が生じうるとする);AUCC2Bによって、知的財産権法と契約法の関係が混乱すること(たとえばUCC2Bの「ライセンス」の定義は、情報の複製物の売買も含む一方で、情報のライセンスとその複製物のライセンスを区別しないなど、知的財産権法分野での概念規定と異なる);BUCC2Bは2世紀以上にわたって、形成されてきた知的財産権政策と緊張関係にあり、UCC2Bが明文で知的財産権法(連邦法)の優先を定めているものの、緊張関係は残ること;C有力な業界団体等にUCC2Bの起草作業を棚上げすることを主張するものがあり、強行してUCC2Bを採択しても、各州において独自の修正が加えられて、統一性が保てなくなること、である。なお、この声明に加わった研究者は、Keith Aoki (U of Oregon), Julie Cohen (U of Pittsburgh), Michael Froomkin (U of Miami), Sheldon W. Halpern (Ohio State U), Dennis Karjala (Arizona State), Mark A. Lemley (U of Texas), Lawrence Lessig (Harvard), Jessica Litman (Wayne State U), Margaret Jane Radin (Stanford), J.H. Reichman (Vanderbilt), Pamela Samuelson (UC Berkeley) らを含む、総勢50名である。
(3)(2)で述べたような動きを承けて、UCC2Bの適用対象の限定が図られた。前稿執筆の時点では、UCC2Bの適用範囲は、かなり広く「情報」取引一般とされ、デジタル情報に限らず書籍、音楽、映画など、ありとあらゆる情報の取引を適用対象にしていたが、1998年のNCCUSL総会を経た1998 年8月1日草案から適用対象の絞り込みがおこなわれはじめている(「ソフトウェア契約、アクセス契約、ライセンス」(1998年8月草案)、「コンピュータ情報取引」(1998年12月草案以降))。これには、いわば様子見をしていたソフトウェア以外の上記業界からの支持を得られないことが1998年秋以降明らかになったことが直接のきっかけであると思われる(7) 。起草者のニマー教授がめざしていた、「情報の取引法」という野心的な試みは頓挫することになったが、これは、適用範囲についてUCC2Bの作業開始時の原点(ソフトウェア契約法)への回帰が図られたことを意味する。
(4)マスマーケット契約(とくにシュリンクラップ契約)をめぐっては、その約款内容の正当性に関わる議論もある。1997年夏の段階では、一般的に契約内容への約款条項の採用のためには、相手方に「検討の機会(opportunity to review)」を与えたうえで、「同意の表示(manifestation of consent)」がなければならず(間接規制)、しかも、マスマーケット契約に関しては、相手方がその存在を知れば契約をしないであろうことを約款作成者が知るべきであった条項(「拒絶条項」)は、契約内容にならない(直接規制)という方向が模索されていた。ところが、1997年11月草案以降、単なる拒絶条項ではなく、当該条項が「非良心的 unconscionable」といえるほどでなければ排除できないとされるようになり、直接規制アプローチに後退がみられはじめる。これに対抗して、 1998年5月のALI総会ではブラウカー=リンツァー提案(Braucher-Linzer Motion)(8) が提出され、採択されるにいたる。もっとも、これが草案に反映されるところまではいっていないようである。
この点の詳細については、本報告書の鈴木恵委員執筆部分を参照されたい。
なお、電子的自力救済 (Electronic Self-help)についての規定をUCC2Bに含めるか否かについては、この間の起草作業は大きく揺れ動いている。1999年2月草案段階では、規定を置く方向で調整が進められているようであり、ライセンシーによる契約違反(ライセンス料未払い、違法複製等)の場合に、ライセンスされているソフトウェアを破壊するような装置は、その発動の15日前の通知を与えることという条件下で認められている(§2B-716)。ただし、通知要件だけではライセンシーや第三者の保護に不十分な場合がありうるため、1999年2月26日?28日の起草委員会では、「公衆の健康または安全に対する取り返しのつかない重大な侵害、または、紛争外の第三者に重大な影響を与えるような公の利益への重大な影響が帰結することを、ライセンサーが知るべき場合には、自力救済は行使できない」との項を加える提案がなされ(9) 、採択されたとのことである(10) 。この点の詳細については、本報告書の山田憲一委員執筆部分を参照されたい。
また、前稿以後、UCC2Bとは別枠で、電子商取引に関する法ルール(基本的には意思表示法である)を定めるUniform Electronic Transactions Act (統一電子取引法、UETA)の起草作業が本格化し、本年(1999年)7月のNCCUSL総会での採択が予定されている。この点の詳細については、本報告書の金子宏直委員執筆部分を参照されたい。
4 今後のスケジュール
さて、このような動向を経て、UCC2B起草作業もいよいよ大詰めを迎えている。
UCCの編の採択は、通例でいえば、まず毎年12月に開かれるALI評議会で承認を得た草案が、翌年の5月のALI総会でさらに承認されたうえで、その年の夏のNCCUSLで承認を得て、はじめて各州における採択のために公開される。
ところが、現在のUCC2Bに関して言えば、NCCUSLが本年(1999年)7月の総会での採択を予定しているものの、1998年12月のALI評議会では草案に対する承認は得られておらず、したがって今年5月20日のALI総会でも、ALIとしての承認はなされないことになる。きわめて異例の事態であるが、今年7月のNCCUSL総会での承認がなされた場合、ALI評議会は10月または12月の会合で再度検討を加え、2000年のALI総会での承認を図ることになるようである。
もっとも、NCCUSLが承認した段階で、各州における採択の動きが生じはじめることが予想されるが、ALIの承認なしで採択されたこの"2B"に、 UCCの冠をかぶせることが適切かどうかは大いに議論があるところであろう。「後始末」が複雑になる可能性はあるが、しかし、いずれにしても今年夏には、この情報取引に関する新しい契約法の運命は明らかになりそうである。