はじめに
この史料要覧は、第2次世界大戦後の西欧政治体制の形成と変容を再考するための準備作業として、素材提供を試みるものである。その体制は、1950 年ごろを境に成立した「EU-NATO-CE 体制」とでも括るべき複合物であった。すなわち、北大西洋条約機構(NATO)に表象される安全保障の枠と、のちにヨーロッパ連合(EU)とつながる経済(を中心とした)統合の枠、さらにはヨーロッパ審議会(Council of Europe, CE)に代表されるような人権や文化の領域で構成される枠からなる、三重の共同体として描くことができよう。現在に至るヨーロッパ国際政治史は、それらの枠の間における調和と緊張をばねとした、体制変容の歴史でもあった。
「原典・ヨーロッパ統合史」研究会は、2001 年12 月の初会合以来、約10 回におよぶ非常に密な研究合宿を重ねてきた。中核的なメンバーは、英国外交史の細谷雄一(慶応大)、仏現代史の上原良子(フェリス女学院大)、英米関係史の橋口豊(龍谷大)、独墺現代史の戸澤英典(大阪大)、伊現代史の八十田博人(県立広島女子大)、ベネルクス政治史の田口晃(北海道大)、独仏関係史の川嶋周一(日本学術振興会)、およびEU論の筆者(北海道大)である。これらを中核として議論を進める一方、廣田功氏(東京大)、網谷龍介氏(神戸大)、鈴木一人氏(筑波大)、廣田愛理氏(東京大院)、宮下雄一郎氏(パリ政治学院第三課程)などの第一線でご活躍中の研究者をお招きし、研究上のテーマ・手法を練り直してきた。その特徴としては、統合の進展を制度改変に求める狭義のヨーロッパ統合史ではなく、上記のような複合共同体の文脈の中で統合を考える、いわば広義のヨーロッパ統合史を求めて、一次史料を重視し、検討を加えるというものである。その成果は、やがて史料・解説集や論文集のような形とする予定でいるが、当面、その前提作業として、以下の史料要覧を公刊する。
この要覧の解説は、もうひとりのコーディネータであり実質的な編集者の川嶋周一氏に譲るが、ここでは、発案者としてその狙いについて簡単に説明する。まず、基本的な問題意識として、日本におけるEU研究の多くが、経済や政治の現状紹介に過ぎず、歴史的な深みのある分析に乏しいという事情がある。ひるがえってヨーロッパにおいては、この10 年で飛躍的に歴史研究が深化した。そうした意識や動向を受け、歴史的な研究インフラの整備をしておくのが大切だと判断した。そこで、現存するヨーロッパ統合史の史料(解説)集を31 収集し、それらが取り上げる史料を拾いだし重複度をみるという基礎作業に従事した。そのことにより、史料ひとつひとつの一般的な重要度を推し量り、われわれ自身の史料選定作業の一助としようとしたのである。
現在は、上記の鈴木一人氏にフルメンバーとして加わっていただき、実際にこの史料リストを横目で見ながら、重要史料の選定に当たっている。そして、そのリスト自体が、われわれ自身のためだけでなく、将来のEU史・欧州政治体制史研究者にとっても役立ちうるものであるゆえ、それ自体を百部印刷し、「総覧」として出版しておくこととした。
以上が出版にいたる事情である。なお、史料入力、索引づくり、製本等にあたり、北海道大学大学院法学研究科の石神圭子氏(米国政治史)、板橋拓己氏(欧州政治史)の手を煩わせた。記して御礼申し上げる。また、資金面では、上記の研究会を母体に獲得した
○ 2002-04 年度日本学術振興会科学研究費基盤研究B「欧州統合の歴史的再検討:一次史料の多角的分析と体系的総合」(研究代表者:遠藤)、
○ 2001 年度学術振興度野村基金「戦後国際関係におけるヨーロッパ統合形成過程の複合的研究」(同代表者)、
○ 2003 年度松下学術財団「戦後国際関係におけるヨーロッパ統合形成過程の複合的研究」(同代表者)
ならびに、現在は、
○ 2005-07 年度日本学術振興会科学研究費基盤研究B「『EU=NATO=CE体制』の拡大と変容:現代欧州国際秩序の歴史巨視的検討」
に支援をいただきながら、研究成果をアウトプットにすべく努めている。
最後となったが、わたくしがメンバーを務める大規模な研究助成プロジェクト、
○ 2002-06 年度文部科学省学術創成研究「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究」(研究代表者:山口二郎・北海道大学大学院教授)
には、この手の歴史研究には不可欠な史料インフラづくりの面で、大変お世話になった。おかげで、代表者のいる北大は、EU やNATO に関する一大史料センターになりつつある。特に記して、御礼申し上げたい。
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