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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
リレーションシップとは何か
濱田 康行
 
 

 信組業界で話題になっている言葉にリレーションシップ・バンキングというのがある。事の起こりは、本年3月に金融庁が発表したアクションプログラムだ。要は、中小金融機関は大銀行とは異なった貸付の原則を持つべきだという有難い“お言葉”である。

リレーションシップ・バンキングとは、お上の定義によれば「長期継続する関係の中から、借り手企業の経営者の資質や事業の将来性等についての情報を得て、融資を実行するビジネスモデル」なのだそうだ。

“なにをいまさら”、大方の業界関係者はそう思ったに違いない。顧客との付き合い方は、お上に言われるまでもなく心得ている。大手銀行と同じやり方ではやっていけない。貸したい顧客に十分な担保があることはむしろ稀である。そこで経営者の資質や企業の将来性を見ることになるが、それらの要素は昨日今日の付き合いではわからない。

長い付き合いは同じ人間同士でしか成立しない。大企業や役人の世界では転勤は当たり前で、“引継ぎ”が行われるのだが、その多くはセレモニー化している。出世を願うなら目立たなければならないし、そのためには前任者と同じことはしていられない。だから長い付き合いは、中小企業と中小金融機関の間にしか成立しない。

お互いを知るための“付き合い”にはコストもかかる。そのコストを長い時間で割り算して小さな値にするのが知恵である。さらにその小さな値を顧客と金融機関が等分に負担する。“先代からの付き合い”は一見、ノーコストのようだが、それをもう一度、ゼロから築こうと思ったら大変なコストになる。

要するに、利潤追求型でコストに敏感な資本主義的営利企業にはリレーションシップ・バンキングなどできないのである。だから、ここに信用組合等の協同組織金融機関の生きていく道がある。だからお上のご託宣には感謝しよう。しかし少々遅すぎたとも思える。

「検査マニュアル」が発表され、これが中小金融機関にも適用された。多くの機関が悲鳴を上げ、泣く泣く長い付き合いの顧客を切捨てる事態になった。結果は、倒産・廃業(特に自営業者)、そして失業率の高止まりだ。多くの批判を受け、また事態の深刻さに驚いて「検査マニュアル別冊」が突然に世に出る。しかし、これが浸透していない。

信用組合にも大いなる失敗はあった。一部の暴走により、全体が危険とみなされ、むしろ厳しい検査にさらされた。そして、その際の基本発想は、市場合理性であり利潤原理万能であった。“もう信用組合などいらない”、そんな雰囲気が漂った時期が続き、組合数は半減したのが現状だ。だから、御託宣は遅すぎた。しかも、よく読んでみるとこの御記宣も曖昧なところがある。

協同組織金融の知的支援者の一人である由里宗之さんが『リレーションシップ・バンキング入門』というタイムリーな本を書いてくれた。これによれば、リレーションシップ・バンキングは「人間関係重視の銀行業務経営」である。そして、それは社会の基礎的構成要因であるコミュニティが健在のアメリカでは当然のことであるという。

 この10年、日本の社会を見てきて思うのは、社会の温かさが少しずつ失われていき“冷たい社会”になったということだ。人間は一人では生きられないのに、家族関係は希薄になっていく。そういう現実を見て結婚しない人々が増える。結婚しても子供を作らないカップルも多い。せっかく作ったものが希薄で壊れやすいなら、それらを作らないほうが資本主義的合理性にかなっている。コミュニティの形成も同様だ。隣は何をする人ぞ、を是とする人々が多いのも、ある意味では合理的だ。しかし、忘れてはならないことがある。

資本主義は人類が歴史的現段階で選択した経済体制にすぎない。経済体制はすべてそうなのだが基礎に社会があることが前提となっている。経済活動の前提に、人々の集合である社会がある。ところが、これが資本主義の限界なのかもしれないが、資本主義は社会を分解し、コミュニティを解体する作用を持つ。

わが協同組織は元来、いかなる組織であったのか。それは人々の和を作る組織であった。市場原理主義に頭脳を汚染された輩にリレーションシップなどと言われるのは、笑止千万だが、よく考えてみればリレーションシップを構築することを本務とする私たちの怠慢でもある。

もう一度、挑戦しよう。信用組合の事業の基礎になる協同組織の構築に。これが最後のチャンスだが、成功すればそれは必ず日本のためになる。

(『信用組合』2003年7月号:全国信用組合中央協会)