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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
戦争への道を許すな
山口 二郎
 
 

 六月六日、国会は圧倒的多数によって有事法制を成立させた。さらに小泉政権は、国会を延長した上で、自衛隊をイラクに派遣するための新法を成立させようとしている。まさに、戦後五八年の今、日本は再び戦争に参加する準備を整えている。対米追随という思考停止状態、北朝鮮への憎悪という理性麻痺状態の中で、日本という国のよりどころ、日本人の生き方がまともな議論もないままに大きく転換されようとしているのである。日ごろナショナリズムを批判している私だが、この時ばかりは日本人が滅びの道を進むことに、憂国の情を禁じえない。

 第二次大戦に敗れて以来半世紀の間、日本が国家として他国の人間を殺傷したことがなかったという事実こそ、日本人にとって最大の誇りではなかったのか。今なぜ、道義をかなぐり捨て、戦争のできる国になろうとするのか。戦争の悲惨さを知らない二、三世政治家の的外れの使命感によって、日本の国是は捨て去られ、国民の安全は危機に瀕しようとしている。

 有事法制やイラクへの自衛隊派遣が、日本の安全とまったく関係がないこと、さらに逆に日本人の安全を脅かすことは、イラク戦争の経過を振り返るだけでも明白である。イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を開発していることが世界にとっての脅威であるという一点が、米英軍による先制攻撃を正当化した根拠であった。しかし、戦争終結後一ヶ月以上たっても大量破壊兵器は見つからない。米英両国内でも、戦争の正当性に対する批判の声が高まっている。要するにイラク征伐は、ブッシュ政権による不当な暴力だったのである。

 永遠平和というカント的理想を追求するヨーロッパとの対比で、アメリカの行動は、力による専制を正当化したホッブズの理論を実践しているものと説明されることがある。しかし、アメリカはホッブズの言う専制君主の域にも達していない。ホッブズが専制を正当化したのは、強い権力が万人の万人に対する闘争を押さえ込み、秩序を保つが故であった。しかるにアメリカは、フセインを追放した後のイラクにホッブズの言う自然状態を作り出し、人々の生命、財産の保護に対して責任を果たしていない。アメリカは自国の利益を追求するためには、正義を無視し、他国民に大きな犠牲を生むこともいとわないのである。

 日本にとっての有事がどのように生じるかは、すぐに想像がつくであろう。北朝鮮といえども、日本の国土に攻め込む能力は持っていない。世界のいじめっ子アメリカが目障りな国を攻撃し、例によって日本がそれを無条件の支持し、後方支援をしたときに、日本がアメリカ本土の代わりに反撃を受けるというのが、有事の現実的なシナリオである。有事法制が真に日本の安全を確保するための仕組みなら、日米安保条約にある事前協議を日本が積極的に活用し、アメリカの軍事行動に対して日本が協力するかどうかその都度慎重に判断するという姿勢を明確にすべきである。しかし、小泉政権にはそんな知恵はない。

 自衛隊をイラクに派遣するに際しては、危険度に応じて武器の使用条件を緩和せよという声が強くなることが確実である。そもそもアメリカの尻拭いのためにテロの危険がある場所に自衛隊が行くこと自体間違っているのだが、タカ派にとっては、イラク派遣は自衛隊を普通の軍隊にするための好機となるであろう。ということは、日本が国家の行為として他国民を殺傷することが起こる危険も高まるということである。

 憲法九条の陰でここまで好き勝手をするということは、立憲主義国家にあるまじき事態である。この際、憲法九条を守るのか、変えるのか、国民の選択を仰ぐべきである。小泉政権と自民党が民主主義、立憲主義を守ると言うのなら、憲法改正を発議し、まず九条だけについてその存廃を国民に問うべきである。もちろん、我々も腹を固めるべき時である。

(週刊金曜日2003年6月13日)