Globalization & Governance
Globalization & Governance to English Version Toppage
トップページ
HP開設の言葉
学術創成研究の概要
研究組織班編成
メンバープロフィール
シンポジウム・研究会情報
プロジェクトニュース
ライブラリ
研究成果・刊行物
公開資料
著作物
Proceedings
Working Papers
関連論考
アクセス
リンク
ヨーロッパ統合史
史料総覧

「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
小泉政治の詐術から目覚めるとき
山口 二郎
 
 

 小泉純一郎総裁に三人が挑むという形で、自民党総裁選挙が行われている。報道各社の調査では、小泉氏が自民党の一般党員や国会議員の大きな支持を得て、優位は揺るがぬとのこと。結局、今回も形を変えた自民党の生き残り策をむざむざ許す結果になると予想される。しかし、小泉氏の政治手法には幾分か前向きの要素も含まれているため、これを否定する際には結構込み入った議論が必要となる。単純明快を旨とする現在のメディア状況においては、説得的な小泉批判を展開することは容易ではない。このあたりに、小泉人気が衰えない理由があるのだろう。

 小泉政治の前向きな要素とは、田中角栄、竹下登以来連綿と続く利益誘導政治、経世会政治を破壊しているという点である。今回の総裁選挙は、橋本派が分裂した時点で、勝負が決まったということができる。福田赳夫元首相の薫陶を受けた小泉首相は、角福戦争の遺恨を引きずっている最後の政治家とも言われている。小泉氏にとっての最大の政治テーマである田中派への復讐は、今ようやく成った。動機は私憤から発するにせよ、また利益誘導の崩壊は国際環境や経済環境の変化によるものであって小泉個人の功績ではないにせよ、古いものの象徴であった田中・竹下政治をある意味で解体に追い込んだことは、小泉首相の改革者としてのイメージを高めた。

 しかし、それで小泉首相のほかの政策や行動を許してはならない。誰もが認める敵を否定しながら、その敵を生かさず、殺さず抱え込んで、自らの権力構造そのものを守るというのが、小泉首相の手口なのである。田中・竹下政治の否定にしても、族議員の陳列場である参議院橋本派をたらしこんで支持基盤を築いたわけだから、利権政治の否定といっても本物ではない。小泉政権の一枚看板である優勢民営化を葬ると公言している政治家と手を組むというのは、自らの信念や政策に責任を持つ政治家のすることではない。小泉改革とは中身を欠いたスローガンの羅列であり、小泉首相はスローガンをめぐる挑発側と抵抗勢力との政治ドラマによってしか国民の支持を集めることができない。だからこそ、挑発を真に受けて怒ってくれる敵役がいなければ、権力を維持できないのである。

 総裁選挙の遊説で、石原慎太郎東京都知事が、北朝鮮との交渉を進めた外務官僚は爆弾を仕掛けられて当然と、テロを擁護する発言をした。さすがに小泉首相も、不適当な発言と批判したが、この種の放言、暴言を野放しにしてきたのは他ならぬ小泉首相である。石原知事は、自民党の国会議員ではないので、小泉首相にはその発言の不適切さを批判することくらいしかできない。しかし、内閣の一員や自民党の国会議員が、女性の人権を否定したり、法の支配を否定(鴻池国務相の「市中引き回し云々」は、復讐の奨励であり、法治国家の否定である)したりするような発言をしたときに、小泉首相は何をしていたのだろう。自らが最高責任者を務める内閣や政党において、その構成員が政治家としての資格を疑わせる発言をしたときに、けじめをつけることはなかった。こうした非常識な輩を抱え込むことで、現代日本の言論空間は、きわめて貧しい意味において活性化する。そして、この貧弱な言論空間においてこそ、小泉首相のワンフレーズ政治は威力を発揮する。

 就任以来二年半、小泉首相は子供がおもちゃ箱をひっくり返すように、政策をもてあそんできた。その中には、道路特定財源の見直し、特殊法人の改革、北朝鮮との国交正常化交渉など、意味のある問題提起も含まれていた。しかし、一つのおもちゃで遊ぶことにすぐ飽きる子供のように、小泉首相は問題が複雑だと分かるとそれを放り出すことを繰り返してきた。改革なるものは何一つ実を結ばないまま、日本社会は疲弊と荒廃の道を突き進んでいる。小泉政治の詐術について、野党やメディアは諦めず批判を続けていかなければならない。この秋に想定される総選挙において、国民の側こそ真価を問われることになる。

(週刊金曜日2003年9月12日号)